バレンタインデーから一ヶ月が経った今日は世間一般で言う【ホワイトデー】である。バレンタインでチョコレートを貰った男(或いは女)がお返しをするという日である、が。キッチンで鼻歌を歌いながら昼食のパスタソースを作っているロックオン・ストラトスはそんなことをすっかり忘れていた。
彼自身、自分の恋人であるグラハム・エーカーから贈り物(薔薇の花束だったが)を貰ったが、そのすぐ直後ロックオンがおいしく頂かれ、お互いに贈り物をしたという形になったのだ。
耳に何も入ってこないのが寂しくなり何気なくテレビを付けると、ニュースキャスターが街頭インタビューで男性に話しかけている、右上端に出ているテロップには大きく【若者ホワイトデー特集!】と掲げられており、そのとき、やっと、今日がホワイトデーであると気付いた。

「・・・・・・だから、突然逢いたいなんて言ってきたのか。」

 昨日、グラハムから突然連絡があり、今日逢いたいということだった。別に特に用事もなく、昼食を作って待ってるよ、と苦笑しながら言うと、大いに喜んでいた。
 そのときの光景を思い出し、独りでに笑みが零れる。それだけ見ているとさぞかし、怪しい人に見えるんだろうなとロックオンは内心思ってはいるが、逢えることは嬉しい。
 昨日の夜、突然言われた事だったが、今朝、いつも飲んでいるものよりも少し高めのワインを買い、昼食に気合いを入れる。
 何にせよ、お互いに空いている時間は少ない。今の内にこんな幸せを噛みしめるのも悪くないだろうということだ。
 タイマーがなり、パスタを上げ、二つの皿に盛る。その上から先程作っていたパスタのクリームソースを載せ、リビングのテーブルに運んだ。勿論、買ったワインとグラスも一緒に。
 あまり料理が得意とは言えないが今回のデキは今まで一番だろうと満足していると訪問者を告げる電子音が鳴った。
 咄嗟に反応して、モニターで誰かも確認せず玄関に向かい、勢いよくドアを開ける。目の前にいたのは、自分の愛しい人の姿である。

「よぉ、待ってたぜ。」

 嬉しいが、ソレを素直に出せないのは悪い癖だと思いながら、来たことを何でもないように言う。そんなつれない反応だがグラハムはしっかり分かっているようで、ロックオンの身体を抱き締めた。

「すまない、待たせてしまった。」

 口では謝っているが、その声色はかなり嬉しそうだ。今回は花を持っていないんだなと思いながらロックオンはグラハムの肩に顔を埋める。代わりに持っているのは可愛いデザインをした紙袋だが、敢えて中に何が入っているのは問わない。どちらにしろ、後でグラハムから言うと思っているからだ。

「そうでもねぇよ。お帰り。」
「あぁ、ただいま。」

 グラハムはロックオンの身体を解放すると、家の中に入る。目を瞑り部屋の香りを嗅いでいるようだった。

「変態臭いぞ。」
「今日の料理はパスタか?」
「あぁ、そうだよ。」

 なんだ、部屋じゃなくて料理の匂いかとロックオンは思いながらグラハムの前を歩く。そして、リビングのドアを開けようとしたとき、その手がグラハムによって遮られた。
 なんだよ、という視線をグラハムに向けると、グラハムは顔をかぁと紅くして、ロックオンの手を離す。
 素直に珍しいと思った。いつのも彼ならば、言いたいことややりたいこと(といっても一つしかない)があればハッキリと言うのに、今日はそれを言うことを戸惑っていた。

「グラハム?」

 様子がおかしいと思い、ロックオンが名前を呼んで「どうした?」と問いかけると、グラハムはロックオンから視線を外し、手に持っていた一つの紙袋を差し出す。中には白い箱が入っている。大きさから見てケーキだと言うことは一瞬で分かった。

「っ・・・・・・これを、カタギリから貰った。今人気のケーキ屋のものらしい。これを君に・・・・・・。」
「へぇ、ありがたく頂くよ。」

 話しを変えたのは一瞬で分かったが、それをグラハムが聞いて欲しくないのが分かった為、ロックオンは流す。そして、差し出されたケーキがグラハムからの物ではないのは少しだけ残念だったがそんな事よりも、ロックオンは料理が冷めると思い、リビングに戻った。
 ロックオンが椅子に座ると続いてグラハムも椅子に座る。

「・・・・・・日に日に上達しているんじゃないか?」

 ワインのコルクを抜き、グラハムのグラスに注ぐ。グラスは紅い色で満たされ、部屋にアルコールの香りが心地よく漂った。
 主語が抜けているが、ロックオンは苦笑しながら返事を返す。

「そうでもねぇよ。料理なんて誰でもこれくらい出来る。」
「いや、そんなことはない。」

 グラハムはロックオンからワインボトルを受け取り、代わりにロックオンのグラスに注ぐ。入れ終わると同時にロックオンは、グラスを持ち、グラハムとグラスを合わせた。
 グラスが合わさる音がして、口に含む。
 昼間から呑むなんて、なんて贅沢なんだろうと、ロックオンが微笑みを浮かべると、くすくすと笑い声が響いた。笑った本人はグラハムだ。ロックオンは、照れたようにグラハムを見る。

「・・・・・・なんだよ。」
「いや?幸せか?」

 グラハムがあまりに当たり前すぎる質問をする。それに内心苛つきながら、ロックオンは口の端を持ち上げ逆に訊いた。

「お前は幸せ?」
「何を当たり前のことを。」

 真剣な声と言葉で言われて、「俺も同じ」と返事を返し、ロックオンは自分で作ったパスタを口に運ぶ。自分でも驚きだったが、本当に上達したなぁと考え深くなった。
 そもそも、グラハムに料理をしろと言われた当初はハムエッグとトーストぐらいしか作れなかった。料理本を見れば他にも作れるが、自分流につくるなんて事は出来なかったよなと思い出し、確かに上達したかも、と納得する。

「私に対して愛が籠もっているのだな。愛を調味料として入れているのであろう!!」
「また突飛な事を・・・・・・。」

 呆れた様子でロックオンは言いながら先程のグラハムは自分の見間違いだと思ってしまうが、やはり言いたいことがあるらしく、時折、無理矢理話している姿が見られる。
 そのことに耐えきれず、ロックオンはパスタをつついていたフォークを皿の端に置いて、頬杖を着きながら問いかけた。

「なぁ、グラハム、言いたいことがあるなら・・・・・・。」
「ロックオン、今日が何の日か知っているか?」
「・・・・・・は?」

唐突な問いに、ロックオンは頬杖を付いていた手を外し、ぽかんとした。よほどの間抜け面だったに違いないのに、グラハムは真剣な表情でロックオンの答えを待つ。
もしかして、こいつ、不安だったのか?とロックオンはハッとした。自分は、こんなにも愛しているが、相手からは愛されていない。そんな事をぐちゃぐちゃ考えているんじゃないかと。
もしそうだとしたら、こいつは・・・・・・。

「馬鹿だ。」
「え?」
「あ、いや・・・・・・。」

 つい思っていたことが口から出てしまい、ロックオンはバツが悪くなり、視線をグラハムから外す。そんなロックオンは目を丸くして見るグラハムは口を開く。

「・・・・・・ロックオン、残念ながら【馬鹿な日】という日はないぞ。」
「知ってる。そうじゃなくて、お前が・・・・・・もう、いい。」

 ナイスなボケ、ありがとよと見事に勘違いしたグラハムにため息混じりに感謝(呆れ)の言葉を内心吐き捨てると、グラハムはムッとした様子で、ロックオンの腕を掴む。
 その反動でテーブルが揺れ、食器がぶつかる音が響く。せっかく作った料理が台無しになったらどうすると思い、文句を言おうとした。

「おい、グラハ・・・・・・。」
「・・・・・・。」

 圧倒された。静かに怒気を含んだその表情。せっかくのホワイトデーなのに怒らせてしまった。ホワイトデーだと知ったのはさっきだったが、それでも逢えることはこんなに嬉しいのに。
 情けなかった。自分自身の言葉を言えなかったことが、はぐらかしたことが。
 両方の瞳から思わず涙が溢れた。流石のグラハムもこれには驚いたらしく、慌ててロックオンの腕を離す。だが、ロックオンはグラハムの腕を逃がさないとでも言うように取り、顔を俯かせる。

「・・・・・・ホワイトデー・・・・・・だろ?」
「・・・・・・知っていたのか?」

 俯いているから顔は見えないが、グラハムは明らかに驚いている様子だった。
 こくりと頷き、ロックオンは続ける。

「俺、ちゃんと好きだから、大丈夫だから、不安になるな・・・・・・馬鹿野郎。」
「・・・・・・すまない、私は・・・・・・。」
「大丈夫だ。これくらい、なんともねぇって。」

 ロックオンは涙を拭き取り、グラハムに微笑みを向ける。その微笑みを見た瞬間、グラハムの顔が真っ赤に染まる。それを見たロックオンは焦った。調子が悪いと思ったのだ。

「グラハム!?」
「ロックオン、私は、今すぐ君を抱きたい。」
「は?」

 その言葉を聞いた瞬間、ロックオンの顔が同じように紅く染まった。いつもだったらグラハムは顔を紅くすることなくさらりとそういうことを言ってしまうのだが、不安要素を取り除いても、今日のグラハムは純情そのものだった。

「・・・・・・ど、どうしたんだよ。」
「どうもしない。だが、身体が熱いのだよ。君を抱きたくて・・・・・・仕方がない。逢った瞬間からそうだった。」
「な!!」
「堪えていたのだが・・・・・・、もう・・・・・・。」

 あれはそういうことだったのか!と思い、ロックオンは椅子から立ち上がり、グラハムから遠ざかる。俺の涙を返せ!と文句を言いたいがとても言える状況ではなかった。

「お、おちつけ、今日は・・・・・・え、と。その・・・・・・。」
「私は我慢弱い・・・・・・。」
「お、おい!!」

 両手を壁に付き、グラハムはロックオンを追いつめると、唇に自分の触れさせる。ぎゅっと目を瞑り、ロックオンはその唇から伝わる温かさに身を委ねた。

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