拍手
□桜散ル、花ガ咲ク
2ﾍﾟｰｼﾞ/2ﾍﾟｰｼﾞ
side H
「花見しようぜ」
そう言って相変わらずのらりくらりとした銀時に捕まったのは、つい先程のこと。
市中見回り中に逃走した総悟を見失い、苛々とタバコに火を点けた。
見事逃げ果せたヤツは、今頃居眠りを決め込んでいるに違いない。
なんでこんな時にいねぇんだあのヤローと恨めしく思ったが、ヤツがいたところで銀時に捕まることは目に見えている。だが今度こそ減俸処分にしてやる。
それでも始めは必死に抵抗していたが、悔しいことに全くその手を振り解けない。
喚いたところで気力と体力を持っていかれるだけなので、納得いかないものの、観念することに決めた。不機嫌たっぷりに睨みつけるのは当然の権利だ。
まぁ今年はゆっくり花見をすることが出来なかったし、思えば銀時に会うのも久しぶりだった。
ふわふわと銀髪を揺らしながら手を引くこいつは、今にも鼻歌を歌い出しそうだ。
すっきりと青く晴れ渡る空を見上げて、たまにはいいか、と思う自分を笑った。
どのくらい歩いただろう。手を引かれて来たのは江戸の中心から少し離れた山。
町の喧騒が嘘のようなそこは、辺りに人の気配も感じられない。
その山へと続く一本道は半分けもの道と化していたが、銀時は迷わず進んで行く。
「おい、どこまで行くんだよ」
結構な距離を歩いたがなかなか目的地に着かない。大体、どこに行くかなんて聞かされていないのだが。
不機嫌に尋ねてみれば、
「ん〜、あともうちょっと」
とのんびり返される。その声に軽くため息を吐く。
「テメェさっきからそればっかじゃねェか」
道中繰り返されたそのやり取りは、すでに５回以上になっている。数えるのも面倒くさくてもうどうでもいいが、舌打ちするくらいは許されるだろう。
「ホントにあともうちょいだから」
「ったく…」
楽しそうに弾む声。呆れ気味に返すが人のことは言えない。
ずっと繋いでいる手に僅かに力を入れれば、ギュッと握り返される。
じんわり伝わる温もりが心地よくて、浮かれる気持ちが抑えられなかった。
さらに歩き続けること十数分。
細い登り道を歩いていると、銀時の歩調が速くなった。だから、やっと目的地に着いたのかと思い、同じように歩調を速くする。
すると―――
「ほら、土方」
「――っ」
目の前に広がる一面のピンク色。ずらりと続く桜の木々が、まるで現実とこの場所を隔てる境界のようだ。
鮮やかなまでの世界に息をのむ。
どうして銀時がこんな場所を知っているのかと思ったが、万事屋という仕事柄、江戸のあちこちを回ることが多い。
ここもおそらくはその関係で見つけたのだろう。まさしく江戸中に枝を張る男だ。
２人以外に人のいないそこには、風がゆっくりと吹いている。
「スゲェだろ」
「あぁ…」
同意を求められ、素直に返す。本当に凄いと思ったから返したのに、隣にいる銀時がくつくつと笑いを零す。
何なんだと思って睨みつけるが、楽しそうに細められた目を見てどうでもよくなり視線を桜に戻した。
「こんなトコ、まだあったんだな」
「どうやら、ちぃとばかし遅咲きだったみてぇだな」
屯所内にある桜の木を思い出す。中庭の池近くに植えられている桜は、確かに今年も綺麗に咲き誇った。
だがすでにその殆どが散り、今では青々とした葉が屯所を彩っている。
風に舞うこの花びらから、ここの桜もそろそろ散ってしまうのだろうとわかる。
だが、たとえ花が散ったとしても、屯所や町の桜と同じように世界を彩ることに変わりはない。
儚い命ではあるが、その分力いっぱい生き続ける。
また来年、美しい花を咲かせるために。
真っ直ぐなその生き方は、どこかの誰かを思い出させて仕方がない。
「 」
ぽつりとその誰かが呟く声が聞こえた。だがあまりにも小さくて聞き取れず、風の音にかき消されてしまった。
「何か言ったか？」
振り返って一応尋ねてみると、
「いや、何でもねェよ」
と照れたように銀時が笑う。くしゃりと笑った顔は、頬にほんのり朱が入っている。
その顔があんまりにも嬉しそうだったから。
突然、強い風が吹き抜ける。攫われたピンクの花びらが空に舞い上がった。
そして彼の周りを桜吹雪がくるくると踊り出す。
風に揺れる銀色の髪、はためく白い着流し。
銀と白と、ピンクが作り出すコントラストが、とても綺麗だった。
「、っ」
薄く目を開いた銀時と目が合い、驚いたように彼が目を見開いた。
その様子に思わず笑みが零れる。
桜吹雪の置き土産が、銀色の髪に残されている。
「綺麗だな」
「え？」
零した呟きは銀時には聞こえなかったようで、間抜けな顔と、間抜けな声で聞き返してくる。
だが、もちろん教えてやるつもりはないので。
「何でもねェよ」
代わりに思いきり笑って言ってやった。
暫くあっけに取られていた銀時は、次の瞬間にまたあの笑顔になった。
あぁ、願わくは。
ほんの些細な願いが生まれる。
あまりにちっぽけ過ぎて、自分でも笑ってしまうけれど。
今では何よりも大切な願いとなった。
だから決して言ってやらない。自分の中に、そっと隠しておこう。
青い空に映えるピンクの桜、ピンクの桜に映える銀。
酒もつまみもないけれど。
お前はずっと、笑っていて。
end.