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□桜散ル、花ガ咲ク
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side G
「花見しようぜ」
そう言って市中見回り中の土方を捕まえたのは、つい先程のこと。
一人タバコをふかしながら険しい顔で歩いていたので、おそらくは沖田と見回りをしていたのだろう。
姿の見えない本人は、今頃あのふざけたデザインのアイマスクをして堂々とサボっているに違いない。
まぁ、彼がいたところで土方を連れて行くのはワケないことだが(寧ろ喜んで差し出してくれることだろう)。
始めのうちは行かねぇ!離せテメェ!と騒いでいた土方だったが、どうやら観念したしく、今は大人しく手を引かれてちゃんと付いて来ている。その眉間には深い皺が刻まれている。
観念した、というのが少し不本意だが、取り敢えず花見に付き合ってくれるようなので良しとしよう。
取った手をしっかり握り。心なしか足取りは軽く。
すっきりと青く晴れ渡る空の下、久しぶりの2人の時間がただ嬉しかった。
江戸の中心から少し離れた所にある山。周りにはあまり車なども通っていないそこは、一応人が通れるような一本道が奥へと続いている。
「おい、どこまで行くんだよ」
決して短くはない距離を歩き続け、それでもなかなか目的地に着かないことにシビレを切らした土方が不機嫌に尋ねてくる。
「ん〜、あともうちょっと」
「テメェさっきからそればっかじゃねェか」
チッと舌打ちが聞こえた。確かにすでに5回ほど繰り返している気がするが、もうとっくに数えるのは諦めていた。
「ホントにあともうちょいだから」
「ったく…」
呆れたような声とは裏腹に、ずっと繋いでいる手に僅かに力が入る。
それに嬉しくなって、こっちも繋ぐ手をギュッと握った。
まるで子供のように浮かれているが、早く土方にあれを見せたくて仕方がなかった。
山に入って十数分。
細い道を登り続けていると、少し先に開けた場所が見えてきた。漸く見えた目的地に歩く速度を上げる。
そして―――
「ほら、土方」
「――っ」
やっとたどり着いたその場所は、目を見張る程の鮮やかなピンク色の世界。
目の前に広がる桜のパノラマに、土方が息をのむのがわかった。
ペット探しの依頼の際に偶然見つけたその場所は、周りを山桜が取り囲む小さな広場のようになっていた。広場と言っても、人の手が加わったものではなく、自然に出来た空間である。
山奥のためか人のいないそこは、今は2人だけの空間だった。
「スゲェだろ」
「あぁ…」
よほど驚いたのか、素直に返す土方が何だか可笑しくて笑いが溢れる。
じろりとその目が睨みつけてきたが、直ぐに視線は目の前の桜へと戻された。
「こんなトコ、まだあったんだな」
「どうやら、ちぃとばかし遅咲きだったみてぇだな」
公園や広場など、江戸に咲く桜はすでに殆どが葉桜となってしまっていた。
日が若干当たりにくいここの桜は開花するのが少し遅かったようで、まだまだ多くの木にピンクの花が見られる。
だが時折吹く風に舞う花びらが、この景色の終わりを告げていた。
美しいものは儚い。いや、儚いからこそ美しいのか。
何れにしても、あまりの寿命の短さにため息が溢れる。
それは感嘆か、哀惜か。
ちらりと隣の土方を盗み見れば、真っ黒な眼はじぃっと目の前の桜を見つめている。
ピンク色の世界に包まれた黒色。
花びらが風に乗って、彼の周りを舞う。
ピンクが黒に、黒がピンクによく映えて、綺麗だと思った。
「綺麗だなぁ…」
「何か言ったか?」
ぽつり、呟いた言葉は土方には聞こえていなかったようで、不思議そうにこちらを見つめてくる。
はらはらと、土方の黒髪に花びらが数枚。
「いや、何でもねェよ」
すると急に風が強く吹き、思わず目を閉じた。
光の閉ざされた世界に風の音だけが聞こえる。
どうやら一瞬のことだったようで、大分落ち着いたのを見計らい薄く目を開けて土方の方を見た。すると、
「、っ」
桜吹雪の中で、とても穏やかに微笑む姿。
その眼差しは優しくこちらに向けられている。
珍しい表情に息をのんだ。
「 」
「え?」
何かを呟く声は、けれども今だ吹く風の音に紛れて聞き取れなかった。
だから聞き返したのだが。
「何でもねェよ」
そう言って土方は綻顔する。それはまるで花が咲いたような笑顔。
あぁ、本当に、綺麗だ。
今日何度目かの、それを想う。
何だか幸せ過ぎて、少し泣きたい気持ちになった。
桜は儚く散ってしまうけれど。
代わりに一番綺麗な花が咲いた。
青い空に映えるピンクの桜、ピンクの桜に映える黒。
酒もつまみもないけれど。
今日は、絶好の花見日和。
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