短編1

□甘いものはほどほどに
1ページ/2ページ



「つーかまーえた」

がしり、と急に伸びてきた手に肩を掴まれ、進めていたはずの土方の足がぴたりと止まる。
どこか楽しそうな、けれど絶対に聞きたくなかったその声に、まるで油の切れた機械のようにぎこちなく後ろを振り返る。
すれば案の定、これまた絶対に出会したくなかった男がスーパーの袋を片手にニタリと腹の立つ笑みを浮かべて立っていて。
ひきつった笑みの土方の口から、火を点けたばかりの煙草がぽろりと落ちた。






「俺さぁ、多串クンのこと好きになっちまった」

数週間前、巡回中の土方を捕まえた銀時が開口一番に放った言葉。
パフェが好きとでもいうように、至極さらりと言ってのけた銀時の表情は何時もと変わらぬやる気のないものだった。
台詞と表情が噛み合わず、理解し損ねた土方はぽかんと口を開けて目の前の男を凝視する。

「……は?」
「だから、好きなんだって」
「誰が」
「俺が」
「誰を」
「オメーを」
「……いやいやいやいや」

あり得ない。あり得なさ過ぎる。ひとつひとつ確認した答えを掻き消すように手を振り銀時を見つめた。
だって、自分とコイツは、会えばお互い悪態を吐いては子供じみた意地の張り合いをしている間柄で。それが殴り合いに発展することも少なくないわけで。
お互い気に食わない相手であった、はず、で。
何をどう間違えて惚れた腫れたなどという感情が芽生えるものかさっぱり分からない。コイツの脳みそはとうとう腫れてしまったのだろうか。
軽く身を退きつつ、土方は銀時から視線を外した。

「…今のは、聞かなかったことにしといてやる」
「何でだよ。ちゃんと聞けよ。俺はオメーがす」
「だあああああ!!!」

銀時の言葉を遮り耳を塞ぐ。どうやら気分を害したらしい銀時は、眉間に皺を寄せ、口を尖らせた。残念なことにその表情は全然可愛くない。
青ざめた土方の顔から、更に血の気が失せていった。

「んだよ全部言わせろよなー。俺超カッコ悪ィじゃねェか」
「いい、言わなくていいっつーか言わないで下さいお願いします」
「何で敬語?」

混乱しきった頭はまともに働かず、それどころか考えることを放棄し機能停止していた。
まっすぐこちらを見つめてくる銀時の視線が痛い。何の冗談かと土方は少しだけ泣きたくなった。

「いや冗談なんかじゃなくてマジだからコレ」
「いや人の頭ン中読むなよ」

反射的に睨みつければ、やれやれというように銀時が肩をすくめた。
いや何でお前がそんな反応するんだと土方の額に青筋が浮かぶ。
そうしてとにかくこの場からなんとか離れようと、土方が口を開きかけた時。

「ま、俺は諦めるつもりねーから」

覚悟しろよ、と不適な笑みを浮かべた銀時に、土方の背中を冷たい汗が伝い落ちた。



それ以降、諦めないという宣言通り、土方が巡回に出る度に銀時は声をかけてきた。
巡回中はもちろん、昼を食べてファミレスを出た後や公園で一服している時、たとえかぶき町を通らないルートを回っていても、毎度「よォ、多串クン」と肩を叩き、口癖のごとく好きだと繰り返す。
しかも誰かと一緒にいたとしてもお構いなく言ってくるものだから、銀時が土方を好きだということは直ぐに隊内に広まった。
総悟に至っては「土方さんはソッチの趣味がおありだったんですねィ」と、いいネタを仕入れたと言わんばかりに真っ黒な笑みを浮かべて日々土方を陥れようとしている。
そんな、まるで四六時中つけ回されているかのような(大抵二言三言話しかけてきて終わるのだが)銀時の行動に、土方は辟易していた。
いっそのことしょっぴいてやりたいと思うが、別にストーカーのようにべったりくっついてきたり、仕事の邪魔をしてきたりするわけでもないので連行することなどできない。
その上、土方に近寄って来る時の銀時が、本当に嬉しそうな顔をするから。
土方自身、しつこさへの怒りよりも、今では戸惑いの方が強かった。
すっきりしないものが胸の奥にわだかまるようになり、それが何なのか分からず持て余している。そのため銀時に声をかけられると、妙に気分が重たくなってしまう。
だから今日、たとえ敵前逃亡で士道不覚悟だと言われようが、道の先にいる目立つ銀色から離れようと踵を返したのに。
何時の間にか見つかって、何時ものように肩を叩かれて。
こうして冒頭に戻るわけである。



(ぜってー気づいてねェと思ったのに…)

銀時に肩を掴まれたまま、隠すこともなく土方は盛大にため息を吐いた。
賑やかな江戸の町は、節分やらバレンタインやら、あちこちの店が綺麗に飾られ何時も以上の賑わいを見せている。
祭好きな人々で道は溢れ返っており、その中から特定の人物を探し出すなど不可能に近い。
いくら目立つ銀髪とは言え、そんな大通りの端にいた銀時を見つけた土方も並外れているが、今は全身のアンテナが(ほぼ銀時に向けて)フル回転しているため何となく予感でその存在が分かるようになった。
対して銀時はこちらに気づくことはないだろうと思っていたのに、けれどあっという間に追いつかれ捕まってしまったことが土方には信じられなかった。

(何であんな離れてたのに、追いつくの速ぇんだよコイツ)

「だって早くしないとオメー逃げんだろ」
「だから勝手に人の頭ン中読むんじゃねェ白髪」

またも思考を読み取られ、何だコイツ、エスパーか?などと思う土方だったが、いやそんなことはどうでもいいと脳の隅へと追いやった。そして視線で何か用かと問いかける。
すれば銀時は、あのムカつく笑顔を引っ込め、代わりに小さく苦笑した。

「そんなに睨むなって多串クン。何時も以上に瞳孔開いてんぞ。ま、そんなトコも好きなんだけど」
「多串じゃねェっつってんだろうが」
「あれ、今スルーした?銀さんの一世一代の告白スルーしたよね?ひでぇよ多串クン」
「毎回毎回言われりゃ信憑性なんぞ皆無だ。ンなことに付き合ってる暇はねェ」
「相変わらずつれねーなァ。まぁいいや、丁度渡してぇモンがあったんだ」
「渡してぇモン?」

良かった良かったと、大江戸スーパーと書かれたビニール袋をあさり始めた銀時を見遣る。
手が離された今、さっさとこの場を離れればいいのだが、そういう気配に敏感なこの男のこと。そう簡単には逃してもらえない。
それに、常に金がないと言っては店にツケる銀時がわざわざ誰か(この場合土方だが)に何かを買う姿が珍しく、つい何なのか気になってしまって土方はその様子をじっと見つめていた。

「あったあった。ほらよ」

そしてようやく目的のものを見つけたらしい銀時が土方に押し付けたのは、黒い小さな豆のようなものが詰まった袋だった。
見慣れないそれを、土方は不審そうに見つめる。

「…何だコレ」
「何って、麦チョコ」
「麦チョコ?」
「知らねぇ?お手頃価格で食えるお菓子。そんだけ入ってんのにたったの100円だぜ?財布に優しい上に美味いっていう素敵なヤツだよコイツは。今の社会ひいては俺には優しさが必要なんだよ」
「知るか。だったら何でこんなモン俺に渡すんだ」

テメェにやる優しさなんぞあるわけないだろう。
土方が決して食べることのない菓子を渡し、意味不明な説明をする銀時に眉を寄せる。
にこにこと目尻と口許を弛ませたその表情が何か良からぬことを考えているように思え、土方は無意識に身構えた。
だがそんな土方に銀時が続けた言葉は、

「あ、コレ、バレンタインの予約な」

などという、これまた不可解なもので。
なかなか噛み合わない会話に軽く頭が痛みだす。



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ