短編1

□Another New Year
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ご〜ん、と除夜の鐘が夜空に向かって鳴り響く。ざわざわと人混みに揉まれて苦しい。
夜遅くに人が溢れかえるここは、かぶき町の近くで一番大きな神社。
あと数分で今年が去年と変わってしまう中、コイツ等は皆、賽銭投げて神様に願い事をしに行くんだろう。普段は全然神様なんて信じてねーくせに、現金な奴らだ。ま、俺も人のこたぁ言えねーけど。
階段を降る波にのって、俺も一歩一歩石段に足をかける。
新八と神楽はお妙と一緒に先に帰らせた。俺はちょっと、用があるから。だから、決してアイツ等とはぐれた訳じゃあない。そんなこと、あるはずねェから。いや本当に。
と、長い長い石段を中程まで降ったところで聞きなれた声が耳に入った。
無線を片手に大きく指示を出すアイツは、白い息と白い煙を絶えず吐き出している。
俺は人混みを離れ、その姿を目指して足を進めた。口許には自然、笑みが浮かぶ。

「一番隊はそのまま裏門付近を警備。五番隊は――」
「よォ、精が出るねぇ副長サン」

やる気がないと定評のある間延びした声で黒い背中に呼びかければ、その背中が小さく跳ね上がり、ゆっくりとこっちを振り返った。
寒さのせいか、鼻の頭と頬がほんのり赤く染まっていて何だか何時もより少し幼く見える。
まぁ相変わらず瞳孔は開きっぱなしだし、鋭い眼光には泣く子も黙ってしまうだろうが。

「何してんだテメェ」
「この時間にこんな人混みにいんだから、目的は皆一緒だろ」
「ンなこたぁ分かってる。俺が訊いてんのは、他の奴らはどうしたってことだ」

ガキ共と志村姉が一緒だったろう。そう言うと土方は再び無線で指示を飛ばし始める。
その確信したような口調に俺は驚いた。

「何で知ってんの。何、お前俺のストーカー?オイオイ、ストーカーはあの納豆女だけで勘弁しろよ」
「誰がテメーみてェなマダオのストーカーなんぞするか。階段昇ってくのを見たんだよ」
「なぁるほど。よく見てんねぇ」
「面倒くせェが、騒ぎを起こす輩をしょっぴかなきゃなんねーからな」

にやりと口角を吊り上げ俺を見る土方は、何だか妙に色っぽい。チクショーそそるな。
つられて、ふっくらとした赤いその頬に手を伸ばそうとした。
だがその時、土方の手の中にあった無線が音をたて、副長、と彼を呼ぶ。
俺を見据えてた眼差しがそらされ、何だと土方が短く応える。あっけなく俺じゃないモンに気を向けられたのが面白くなくて。
ふと、鐘の音に混じって背後の波から次々とある言葉が聞こえてきた。俺はそれを聞きながらほくそ笑み、

「―――分かった、すぐそっちに」
「土方、」

煙草を摘む手を取って名前を呼ぶ。すれば、土方は何だよ離せと目で訴えてくる。
もちろん離してやる気など毛頭なく、冷たい手を握り締め、浮かべた笑みを深くして。

「二人っきりになれるトコに行こうぜ」
「何言ってんだ、無理に決まって――っうわ!?」

反論する言葉を無視して土方の手を引っ張り階段を駆け降りた。
不意を突かれ体勢を崩した土方は、俺に引っ張られるまま何とか転ばないよう必死に足を動かしている。
そんな俺たちを人々は好奇の目で見てくる。

「八…七…六…」

その間にもどんどん数字は逆戻りしていく。だが階段の一番下まではまだまだ距離がある。

「三…二…一…」
「お、い銀時!テメ、何すんだ…っ」

あぁ、駄目だ、もう時間だ。もう少し降りてからの方が良かったんだけど、まぁ仕方ない。
そこで俺は意を決して、残り十数段の所で勢いよく、



「あらよっ」
「へ?」



飛んだ。



「ぅぉおああぁあああ!!!?」

「零」



あけましておめでとうー!と新たな年を迎える声と、ご〜んと最後の煩悩の音が響く中、俺と土方は二人、宙を舞った。
冷たい空気が肌を撫で一瞬の浮遊感が全身を包み込む。だけど、繋いだ手だけがやたらと温かい。
そして鐘の余韻が遠くなったと同時に、だぁん、と盛大に地面に足を着いた。着地の振動が足から全身に回ってびりびりする。
何事だと周囲の奴らが俺たちを振り返るが、真選組の隊服を着た目つきの悪い男と、木刀を腰に差した俺を見て、面倒事に巻き込まれたくないと思ったのかすぐに視線をそらした。
そしてくるりと振り向けば、肩を荒く上下させ、零れそうなほど目を大きく見開いた土方がいて。そんで呆然と俺を見る顔が、可愛いくて。
俺は我慢できず、つい吹き出してしまった。
すると俺の笑い声に我を取り戻したらしい土方は、羞恥に顔を赤くし怒鳴り散らす。

「わ、笑ってんじゃねェテメェ!」
「だぁはっはっは!お前、な、涙目なってんぞ…っ」
「なってねェよクソ天パァ!つかいきなり何しやがんだ、危ねーだろうが!!」
「えー、だって俺と話してんのにお前、仕事の指示ばっか出してるからよォ」
「仕方ねーだろ。今は警備中なんだから」
「それでも俺ァお前と二人っきりになりたかったんだって」
「ンなこと言っても、無理なモンは――」
「だからさっき、なったじゃねェか」
「は?」

ほら、と俺は、先程俺たちがジャンプした空間を指さした。つられて土方の視線も宙を見据え。

「年が変わった瞬間、地上にいなかったのは俺たちだけだろ」



だから、その瞬間俺たちは、二人だけの世界に行ってたんだ。



良いアイデアだろー。笑ってそう告げてやれば、土方はひとつ瞬きをした後、呆れたとばかりにため息を吐いた。
でもその顔は俺を馬鹿にしたようなものじゃなく、優しい色に溢れていた。

「発想がガキなんだよ。小学生かテメェは」
「男はいくつになっても心は少年なんだよ」
「アホか。だいたい、飛行機とかばんばん飛んでんだろ」
「そういうロマンのないことは言っちゃ駄目だっつーの」

口の片端を持ち上げると、土方も緩く弧を描く。
それから、それこそ悪戯が成功したガキみたいにお互い笑い合って。
明けましておめでとーと言えば、少し照れくさそうに明けましておめでとうと返してくれた。

「今年もまた、俺の側にいてくれる?」
「仕方ねーから、その捩れ曲がった性格を俺が叩き直してやらァ」
「ちょ、ここは素直に『俺は銀時の側にいたいんだ』って上目使いでちゅーするとこだろが」
「ふざけんな死ねマダオ」
「ツンはもういいっつの!」

ギブミーデレ!と涙ながらに叫べば(もちろん嘘泣きだ)、土方は困ったように眉を寄せた。
そして暫くの逡巡の後、きょろきょろと辺りを見回し、

「ちょっとこっち来い」

と俺の腕を引いて石段の横手へと歩き出す。そこはちょうど、人混みの死角となっていて。

「――今日だけだからな」

何が、という言葉が咽喉から顔を出す直前、薄く開いた口が柔らかなものに塞がれる。
それがこの意地っ張りな恋人の唇だと気づいた時には、今日一番と思えるほど顔を真っ赤にした土方が目の前でうつ向いていた。
両手を力一杯握り締めて羞恥に耐えるその姿に、全身の血液が一気に集まったんじゃないかと思うくらい顔が熱くなる。

「ひ、ひじかたっ!!」
「ぬおっ!?」

がばりと骨が軋まんばかりに抱き締めると、苦しいだろ馬鹿力、と俺の背中をバシバシ叩きだした。
それでも離さず、更に腕に力を込めて頬にキスを落とす。すれば、観念したように形ばかりの抵抗が止み、代わりにそっと両手を俺の背中に回してくる。
早鐘を打つ土方の心臓。
抱き合っていて良かった。土方に今の俺の顔を見られたら、きっと気持ち悪いとか言われるだろうから。

「今日仕事終わったら家においでよ。神楽は新八んトコに泊まってっから」
「…どうしてもってんなら行ってやる」
「うん。お願い」

それからしばらく二人して互いの温もりを感じていたら、無線から『副長まだですか〜?』と催促され。
「じゃあ後でな」と男前に笑った土方は、未だ絶えることを知らない人混みの中へと消えていった。
先程まで腕の中にあった温もりがなくなって少し肌寒いけど、胸の奥はぽかぽかと温かい。
心なしか軽い足取りで、俺も家に向かって再び人混みに紛れ込んだ。



(今年もいい事がありますよーに)



end.

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