短編1

□kiss to...
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「暫く会えない」なんてこと、この関係が始まってから両手両足の指を総動員しても足りないほどあった。
女じゃあるまいし、別に今更そう告げられたところで相手に詰め寄るほど冷静さを欠いてはいない。
そう、会えないなんて、何時ものこと。
ただ今回、何時もと少し違うのは。
頭の中で繰り返し反響するその台詞を吐いたのが、銀色の男だったということ。









ふう、と息を吐けば、白く苦い煙が目の前を一瞬曇らせ、ペンの走る音が響く空間に溶けていった。
最後の一文字を書き終えペンを置く。朱の付いた印鑑を白い紙に押し付けて自分の名を刻み、それを積み上がった書類の一番上に重ねた。
一段落したと、思いきり伸びをする。同じ姿勢で凝り固まった筋肉がギシリと軋む。
息を吐くと同時に腕を下ろすと、土方はふと視界の隅に入った携帯に手を伸ばした。

「……」

開いてみたはいいものの、特に何をするわけでもなくぼんやり画面を見つめる。映し出されているのはでかでかと書かれた『誠』の文字と、今の時刻のみ。数字はもうすぐで正午を回る頃だった。

「失礼します、副長」

ふいに障子の向こうから己を呼ぶ声に土方は顔を上げ、短く「入れ」とだけ告げる。するりと障子が開かれる気配とともに携帯を懐へとしまう。
土方が体の向きを声の方へ向ければ、膝をついた山崎が下げていた頭を上げるところだった。

「今日の書類を受け取りに来ました」
「ああ、そこに積んであるヤツだ。ついでにその横の山も持って行け」

土方が顎で指した書類の山を一瞥し、再び「失礼します」と言って山崎が部屋へ入ってくる。
それぞれの書類を軽く確認している途中、山崎が小さく声を上げた。

「何だ」
「あ、いえ。これ、締め切り一週間も先の書類じゃないですか。こんなに早く仕上がるなんて、珍しいですね」
「…まあな」

当たり前だ、会いたいと思う相手に会えないんだからな。時間は余っている。
思ったが、口にはしない。言外に誰かの存在を匂わせる山崎の台詞にただ生返事をする。

「…山崎」
「はい?」
「一発殴らせろ」
「い゛い゛ぃぃい゛!?な、何でですか!?俺、何もして」
「うるせぇ」
「ぎゃああああ!!」

嫌がる部下の胸ぐらを無理矢理引き寄せ、問答無用で殴り飛ばした。
すると少しだけスッキリした気がするような、しないような。ついでとばかりにもう一発殴っておく。
二発じゃないですかと抗議する山崎を無視し、ひとつ大きく煙を吸い、多量の灰を湛えた煙草を灰皿に押し付ける。
電話越しに聞いたあの台詞を思い出すが、その表情は何時もと変わらぬもので、土方は新たな煙草を取り出した。



数日前の、久しぶりの非番を翌日に控えた日。土方は銀時に電話をかけた。
何時もならわざわざ連絡するなんてことはしない。だが、少しだけ。本当に少しだけ、あの気だるそうな、だけど心地良い声を聴きたい、と思った。
たとえ約束を取り付けたとしても、最近はタイミングが悪く、強盗、婦女暴行、攘夷志士によるテロなどが起こり、すべて反故となってしまっていた。
だから、銀時も久しぶりの逢瀬を喜んでくれるものだと思っていた。
だがいざ電話を取った銀時が言った言葉は「暫く会えない」という、土方の想定外のもので。
しかもそれが、まるで今晩のおかずを言うような、何でもない調子で言われたものだから。
単調で無機質な音を耳に、土方は暫く呆然と先の台詞を反芻していた。



今から思えば、相当浮かれていたのだろう。めったにかけることなどしない電話までして。
銀時が喜んでくれるだろうと思いながら、本当に喜んでいたのは自分の方で。
当然銀時もそうだと決めつけ、言い訳して。
しかし、電話に出た彼には落胆の色は感じられなかった。銀時にとって自分との逢瀬はとるに足らないことだったのだろうか。
もしかして、自分ではない他の誰か(例えば眼鏡の女忍者や、万事屋で働く少年の姉だとか)と共にいたいと思ったのだろうか。自分はもう、あの男には必要ないのか。だとしたら、自分は――…
そこまで考え、土方は小さく頭を振る。
あの男はきっと、そんなことはしない。
たとえそうだとしても、何も言わずに切り捨てるようなことはしないはずだ。その両手はもういっぱいのくせに、一度抱えたものは自分勝手に捨てたりしない、いや、出来ない。
面倒くせぇなどと言いながら、結局は放っておけない底無しのお人好し。そんな男だ。
想像は想像でしかない。
「暫く会えない」なんてこと、この関係が始まってから両手両足の指を総動員しても足りないほどあった。
女じゃあるまいし、別に今更そう告げられたところで相手に詰め寄るほど冷静さを欠いてはいない。
そう、会えないなんて、何時ものこと。
その台詞を告げるのは、自分だった。

(あいつは何時も、こんな感じで)

そういえば自分も、残念そうに言ったことなどついぞなかったなと土方は思う。それもすべて、照れ隠しの意地だったのだけれど。
だが確かに胸の奥深くにわだかまるのは空しさ。
あの男も何度か感じただろう、淋しさ。
あいつは一体どのようにして解消していたのだろうかと考えかけ。

(考えたところで仕方のねェことだ)

大きく煙を吐き出し、随分短くなった煙草を揉み消す。このまま部屋に閉じ籠っていたら、何時までもくだらない想像を繰り返してしまいそうだ。
と、その時、ぐるぐると腹の虫が土方の欲望を主張する。そういや昼飯を食っていなかった。
見回りがてら、土方スペシャルを食いに行こう。
そう思い、僅かに重たい腰を上げ、数分前に部下が出ていった障子に手をかける。
すっと開いた隙間から入り込んだ冷気が肌を撫で、吐く息を白く染め上げた。

「おい総悟!見回りついて来い!」

その白があの男の白銀を思い起こさせたが、それはすぐに、青く晴れ渡る空に溶けて消えていった。



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