短編1
□愛のアレゴリー
1ページ/1ページ
※銀さんが少々病んでます。苦手な方はバックプリーズ。
大丈夫という方は、お付き合い下さい。
彼は、愛する黒に自ら触れることはない。
「ぎん、」
黒が愛しそうに彼に手を伸ばす。
彼はそのしなやかな腕を振り払うことなどせず、されるがまま、ただ愛しいその温もりを享受する。
繰り返される、啄むような幼い接吻も、銀糸の隙間を流れる長い指も、己の名を謡う心地よいテノールも。
すべてすべて、躯の奥深くに刻みこむ。
―――手を伸ばしてはいけない
「銀時」
確かな魂を宿した燃えるような双眸が紅を射抜く。薄く開かれた唇から赤い舌が見え隠れする。背中を電撃が疾り抜け、得も言われぬ何かが彼の頭の一部を麻痺させる。
両腕は、動か、ない。
―――あいしているよ、だから
「俺はお前が嫌いだよ」
刹那、2つの黒曜石にぴしりと入った亀裂。
不安という名の涙はまるで漆黒の海。
嗚呼、絶望の淵に立つその顔も美しい。
彼の眼は縫い留められて離れない。
「なら、何故」
哀しい色に染まった、謡声。
「お前は俺を、離してはくれない」
するりと白い指が彼の輪郭を撫ぜて。
彼の鼻を、黒の絹糸と苦い薫りがくすぐる。
己に縋りつくような黒を、何処か他人事のように見つめる彼の紅には、小さな妖しい光が静かに灯る。
「お前が俺を嫌いだと云うのなら、何故俺の手を離してくれない」
もう辛いのだと、黒は云う。
彼にいくら触れようと、彼の手が、腕が、躯が、黒を包むことはない。
彼の手を離そうとすれば、彼は言葉という鎖で黒の手を、足を、心を、縛りつける。
曖昧な要求ならば、いっそ無関心を。
お願いと何度も口にする黒の躯を、彼は掻き抱くことをしない。
―――あいして、いるよ?
「俺はね、」
そっと愛しい耳に流し込む。
「こうしないと、溢れちゃうんだよ」
「何が?」
―――アイ、が
不安に揺れる双眸を覗き込み、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「『嫌いだよ』は、魔法の呪文なんだ」
身の内に猛狂う、身を焦がす紅蓮の炎は愛しい黒への激しい劣情。何時彼の躯を喰い破るとも知れない炎は、黒をも喰らい尽くしてしまう勢いまで肥大した。
『嫌いだよ』
黒に手を伸ばしたら、最期。
黒が、泣いて、叫んで、拒絶して、壊れようが、関係ない。
誰にも触れさせやしない誰にも見せやしない誰にも聴かせやしないお前は俺だけの。
滅茶苦茶に無茶苦茶に。
ばらばらにぐちゃぐちゃに。
一度はずれた箍を、彼は戻せない。
彼の気の済むまで、喰い尽くしてしまう。
それは、死、さえも、畏れない―――
「俺はお前が嫌いだよ」
―――愛しすぎて、殺したくなってしまうよ
「だから、安心して?」
黒を嫌うことが、彼の、最上の、愛。
end.