短編1

□1/365
1ページ/6ページ



それは、日常にも似た非日常。
















人の目覚めとは、ほとんどの場合、静かなものなのではないだろうか。

「銀ちゃーん」

たとえ誰かに名前を呼ばれることがあろうとも、

「銀ちゃん早く起きるネ」

眠っているところに跨って容赦ない平手打ちが繰り出されたり、

「起きるヨロシ」

平手打ちが拳に変わったり、

「オイ起きろヨ」

夢の中に美しい花畑と清らかな流れの川が出てきたり、

「いい加減起きろやこのマダオがァァァ!!」

「ギャアアアアア!!!」

凄まじい破壊音と共にこの世の終わりを感じさせるような叫び声が聞こえてきたり。
況してやその状況を作り出しているのが、一見可愛らしい容姿の少女だなんて。

そんなこと、起こり得るはずがないのである。

一般的には。






「神楽てんめ、朝っぱらから何しやがんだ。危うく銀さんが天に召されちまうとこだったじゃねェか」

鼻に詰め込んだティッシュを抜き取り、新しく丸めたものを代わりに詰め込みながら、銀時は目の前で酢昆布にかじり付いている神楽をじとりと睨んだ。
気持ちの良い朝(といってもすでに昼前と呼べる時間なのだが)、宇宙最強と謳われる戦闘種族、夜兎の少女による奇襲を受けたその姿は見るも無惨なもので、顔面の其処彼処に青痣ができている。
確かに朝とは言い難い時間に起きはしたが、今更ここまで激しい起こされ方をされる謂われはない。今までだって、銀時がまともな時間に起きたことなど、片手で数えられる程度なのである。
抜き取ったティッシュの先には当たり前に真っ赤な血液が染みている。何で朝からこんなテンション下がるもの見なきゃなんねぇのと、銀時は少しばかり大袈裟に嘆息した。

「さっさと起きない銀ちゃんが悪いネ。お母さんに起こされないと起きれない男なんて最低ヨ」

しかし恨み言を向けられている本人といえば、そんな銀時の様子を気にした風もなく、時折テレビから漏れる笑い声にじっと耳を傾けていた。

「テメーみてぇなバイオレンスな母ちゃん持った覚えなんてねェよ。何で起きた早々デッド・オア・アライブをさ迷ってんだよ。俺底血圧なのに血圧上がってきちゃってるよ血が出てるよコレ」
「過ぎたことをグチグチ言う男はもっと最低アル。しばらく私に近寄らないで」
「何その理不尽な言い分んんん!?そんなもん、頼まれても近寄らねーよ願い下げだコノヤロー!」
「ちょっと2人とも、いい加減にして下さいよ」

全く悪びれる様子もなく、それどころか更に冷たい言葉を投げつける神楽に、銀時の怒声が響く。そんな、下手をすれば第2ラウンドに突入しそうな空気を壊したのは、先程まで銀時がくるまっていた布団を抱えて寝室から出てきた新八の声であった。
掛布や敷布などを運び出し、寝具一式をせっせとベランダへと抱えて歩く姿はまるでお母さんのようだ。

「銀さん、いくら低血圧だからって起きるの遅すぎますよ。まっとうな人間はとっくに活動してるんですから」
「うるせーな、眼鏡に言われたかねんだよ」
「眼鏡関係ないでしょうが!それから神楽ちゃんも、あんまり万事屋破壊しないでよ。お登勢さんに追い出されちゃうでしょ」
「うるさいアル新八のクセに。小さなこと気にすんなヨこれだから眼鏡は」
「だから眼鏡は関係ないだろうがァァァ!!何すべての眼鏡がダメな言い方してんのお前ら!!」

布団叩きを片手に叫ぶ新八をよそに、銀時は遠慮ない大欠伸をしてみせ、神楽は相変わらずテレビに全意識を向けている。
反省などするはずもない2人に重たいため息が止まらない。だがそんなことは既に日常の一部、切り替えも早い。僅か16年の人生で些か悟り過ぎている気がしなくもないが、本人にはあまり自覚はなく、それより銀さん、と新八は再び欠伸をしている雇い主へと投げかける。

「そろそろ僕の給料貰えませんか?いくら姉上の収入があるからって、ウチの家計も大変なんですよ」
「あん?オメーそんなもん、先月は仕事なかっただろうが。金がンな簡単に手に入ると思っちゃあいけねェよ世の中そんな甘くねェんだよ」
「誰よりも楽に手に入れようとする人に言われたくありません。だったら外行って仕事探して来て下さい」
「オイオイどうしたぱっつぁん、今日はやけに手厳しいじゃねェの。そんな世知辛い人間に育てた覚えはねーぞ」
「アンタみたいなダメ人間に育てられた覚えはないです。僕もう3ヶ月は貰ってないんです。いい加減出るとこ出ますよ」

いつも通りのふざけた調子で返すが、なかなか食い下がらない新八に眉根を寄せる。
が、どこか有無を言わせないその雰囲気に押され(というか、出るとこ出られては非常にまずいので)、銀時は仕方ねーなと重たい腰を上げた。

「オラ、行くぞ神楽」

せめて、未だテレビにかじりつく少女を道連れにしようと声をかける。だが、

「やーヨ、私、今日行くとこあるネ。銀ちゃん一人で行くヨロシ」
「ああ?聞いてねェぞンなの。どこに行くって?」
「銀ちゃんに言う筋合いないアル。父親気取りアルか」
「んだとコラ、俺をあんなハゲと一緒にすんな。俺の毛根はまだ見放されてねェ」
「じゃあ言う必要なんてないアル。せいぜい馬車馬の如くこき使われてこいヨ」
「ちょ、おい」
「さっさと行けヨこのモジャモジャ」

問答無用、全身全霊で拒絶される。しかも銀時に向ける眼差しは、まるで思春期の娘がお父さんのパンツを見るような、とにかく真っ黒なもので。
…気のせいだろうか、いつになく自分に対する態度が刺々しいような。
ぴしゃりと言い捨てられ、ぐうの音も出ない銀時を綺麗にムシしてテレビを見る神楽と部屋掃除をする新八。家主であるはずの銀時は、完璧なる邪魔者扱いである。
日曜日のお父さんたちは、こんな気持ちなのだろうか。
うっかり彼らに同調しつつ、銀時はトボトボと部屋を出て行くしかなかった。



そして後ろ手に玄関の引き戸を閉め、広がる青空を見上げて深いため息を吐く。
反抗期だろうか。にしても随分な扱われ方だ。あ、ヤベ、銀さん泣きそう。
心なしか滲む視界に、けれども残る僅かばかりの矜持を掻き集め、すんでのところで目の奥から溢れそうになるものを堪える。
ちらりと背後を振り返ってみたが、銀時が出てきた時のまま、戸はしっかり閉められており開く様子は全くない。どうやら本気で追い出されたようだ。
何だか素直に仕事を探しに行く気にもなれず、もう一度深いため息を吐いてこれからどうしようかと思案する。
とりあえず、時間つぶしにパチンコでも行こうか。
そう思い、足を掛けた階段の金属音が、何だか虚しさを主張しているように響く。だがその小さな音は、晴れ渡る空の下、賑わう町の喧騒の中に紛れて消えていった。



.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ