短編1

□とおくのそら
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つい、と手首の力を抜き、離した人差し指と中指と親指と。

くるくる回転する2枚の羽根は小さな音を風に溶かして前進する。

見上げた先は、何処までも抜けるような、蒼、蒼、蒼。

白い雲に落とす影。

空との境界を失う、

蒼い、模型飛行機―――…





風に揺れる自分の髪と緑の葉が視界の端を埋める。仰向けの身体に照りつける眩しい太陽が、じわりと心地よい温もりをもたらす。
遮る様に右手を掲げて、それの陰から差し込む光に銀時は目を細めた。
足下の数メートル先を流れる川のさらさらとした音をBGMに。緩く頬を撫でていく風は心なしか冷たさを帯びていて、これから訪れる季節への移り変わりを予感させる。

「オイ、」

ふいに日が陰り、落ちてきたのは聞き慣れた低い声と煙草の香り。
逆光の最中、目線を右手からずらして声の方を見上げれば、予想に違わず瞳孔の開いた目が自分を見下ろしていた。

「よォ、おーぐしクン。何してんの?」
「多串じゃねェって何遍言や分かんだ。…なァに、巡回中に見かけた不審者をしょっぴいてやろうと思ってな」
「あらら相変わらずお忙しいこって、ご苦労さん。んで?捕まったのか?」

口の端を歪め、問う。すれば、土方はわざとらしいその声音に形の良い眉を跳ねさせ、フィルターを噛む隙間で舌打ちをする。
目線は未だ、銀時を見下ろしている。

「テメーのことだバカ。自覚ねェのかこの不審者」
「んだとコラ。ひでぇ言われようだなオイ。俺ァ、天気の良い日に土手で日向ぼっこしてるだけのただの一般市民だぜ?」
「ただの暇人だろうがプー太郎」
「プーじゃありませんー、ちゃんと働いてますぅー」

口を尖らせ銀時がじとりと睨めつければ、「どうだか」、とその隣に土方が腰掛けた。
それが、如何にも当たり前であるかのように、あまりにも自然だったから。無愛想な横顔を一瞥し、銀時はくつりと咽喉を震わせた。

「なに笑ってやがる」
「別にィ〜?」

半身分高い位置にある双眸は射抜くように鋭い。だがその中には剣呑な色はなく、この男元来のもの。
紫煙を隔てて暫く見つめ返した後、笑いを含んだ銀時の紅は、右手のそれに戻された。釣られて土方もそれを見遣る。眉間には1本、浅い皺が刻まれている。
何もそんな渋い顔しなくてもいいのに。
怪しいものを見るような目を向ける土方の様子に、銀時は、土方には聞こえないくらいの小さな笑みを漏らした。

「んだソレ」
「模型飛行機」
「テメーのか」
「いんや、」

そこに落ちてた。
そう言って目で指したのは、現在土方が座り込んでいる場所。
長い緑の葉の中に紛れていた、蒼い模型飛行機。

「たぶんどっかのガキ共が忘れてったんじゃね?ゲームだなんだ流行ってるこのご時世に、なかなかのアナログ派じゃねェか」
「テメーは存在自体がアナログっぽいけどな」
「バカ言ってんじゃねーよ土方クン。銀さんは常に時代の最先端を行ってるから。こないだだって、新型のコンピュータウィルスを退治してきたから」
「DVDの配線もロクに出来なさそうな面してるくせによく言うぜ」
「人間、何でもかんでもデジタルに頼ってちゃあいかんよ土方クン」
「さっきと言ってることが違うじゃねーか!」



土方が息を吐く気配と共に、蒼穹と右手と飛行機を映す視界の端に白い煙が舞い込んだ。
銀時は枕がわりにしていた左手を飛行機に添え、人差し指でゆっくりプロペラを回していく。
紙と竹で出来た簡単な作りの模型飛行機。プロペラを回す度、動力のゴムが軸に巻き付く。

「でも、ま」

作ったのは子供の父親だろうか。或いは、子供と共に作ったのだろうか。

「確かに俺ァ、アナログ人間かもしんねェな」


飛び続ける飛行機を追いかける子供。
見守るのは、温かな眼差し。


プロペラが音をたてて回る。スナップをきかせて指を離せば、吹いた風がそれを持ち上げ。
真っ直ぐ空へと向かう後ろ姿―――



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