短編1

□ベター・ハーフ
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「なぁ、俺、たまに思うんだ」

夏の日射しが眩しい屋上でのことでした。午後の授業の始まりを告げる鐘が鳴ったのは、もう数十分も前。
僅かな日陰に座り込んで、何処までも抜けるように青い空を見上げてぽつりと坂田くんが呟きます。
その隣で、同じように空を見上げながら土方くんは、心地よく響く低い声に耳を傾けていました。
土方くんは坂田くんの声が大好きです。坂田くんの声を聴くと何だか胸が温かくなって、安心するのです。

「俺たちってさ。いつか離れることがあんのかな、ってさ」

なので、大好きな声がそんな哀しいことを言うなんて思ってもみず、とてもびっくりしてしまいました。
慌てて坂田くんの方を見ると、坂田くんは相変わらず気だるげに青い空を眺め続けていました。
幼なじみの二人はいつも一緒。学校が終わるといつも二人で一緒に帰り、一緒に遊び、時にはそのままどちらかの家に泊まることもありました。クラスだって、小学5年生の時に一度だけ離れただけで、ずっと一緒でした。それは高校生になった今も変わらず、土方くんはそれが当たり前なんだと思っていました。
だけど。土方くんは想像してみました。

もし、来年は坂田くんと別々のクラスになってしまったら。
もし、坂田くんが自分とは違う誰かと一緒にいたいと思うようになったら。
もし、坂田くんに好きな女の子ができたら。
―――もし、坂田くんがそのまま自分のことを、忘れてしまったら。

土方くんはとても哀しくなりました。
当たり前だったことが当たり前じゃなくなる。今までもそんなこと、何回も経験しているはずなのに、坂田くんがいなくなるということを考えると土方くんは胸が苦しくて苦しくて仕方ありませんでした。
坂田くんはこっちを振り向いてくれません。坂田くんが何処かとても遠くにいるように感じ、土方くんは淋しくなってしまいました。

「そんな泣きそうな顔すんなよ」

ようやく振り返った坂田くんは少し困ったように笑っていました。けれど、坂田くんの綺麗な紅い眼が自分を見てくれるだけで、土方くんはどうしようもない程安心するのです。
ふと右手が、何か温かいものに覆われました。なんだろうと視線をそこに向けると、土方くんの右手を、坂田くんの左手が、大切なものを守るように優しく触れていました。

「でもな、俺、思うんだ」

指と指が絡まってぽかぽかと温かくなります。もっと、とせがむように少しだけ力を込めると、それに応えるようにぎゅっと包みこんでくれました。

「どんだけ遠くに離れても。どんだけ長い間離れても」

坂田くんの穏やかな声だけが聴こえて、坂田くんの優しい顔だけが視界を埋めて。

「俺は、絶対お前を見つけ出すよ」

坂田くんの温かい唇が、柔らかく食んで。

「だからお前も、絶対俺を見つけてね」

土方くんは、坂田くんでいっぱいになってしまいました。
フワリと風に揺れる銀色が眩しくて目を細めると、坂田くんがちょっぴり不安そうな顔をしていました。なので、土方くんは約束な、と言って坂田くんの銀色にひとつ、無邪気なキスを贈りました。
すると坂田くんがとっても嬉しそうな顔をしたので、土方くんもとっても嬉しくなりました。土方くんは坂田くんの声も温もりも大好きですが、やっぱり笑顔が一番好きなのです。

ぎゅうっと坂田くんが土方くんを抱きしめます。夏の日射しが少し差し込んできて、土方くんは暑いな、と思いました。いっそこのまま溶けて坂田くんとひとつになってしまえたらなと思いました。
でも、ひとつになってしまったら、坂田くんの声を聴いたり、坂田くんの温もりを感じたり、こんな風に坂田くんとキスをしたりできなくなるなと考え、やっぱり嫌だなと思いました。

「十四郎」

優しい声が聴こえます。だけどもっと呼んで欲しくて、聴こえないフリ。

「とうしろう」

静かに目を閉じれば、身体全体に坂田くんを感じられ、土方くんはとても幸せでした。ゆらゆら揺れる心地よさに身体を委ねます。
そしてそっと両手を背中に回した時、遠くで授業の終わりを告げる鐘が鳴り響きました。
でも、次第に鐘の音が小さくなり、残響が消えざわざわと校舎が活気を取り戻しても、坂田くんと土方くんはお互いを離そうとしませんでした。
何時までも何時までも、離れようとはしませんでした。

それは、夏の日射しが眩しい、屋上でのことでした。



end.

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