短編1

□洒涙雨―さいるいう―
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急激に頭の中が冷えていくのを感じた。

「テメーは、」

両の手を真っ白になるほど握り締めて、唇を血が滲みそうなほど噛み締めて。

「俺なんか、いらねェんだろ」

目には、うっすら涙を浮かべて。

あぁ、どうして。

どうしていつも、俺は。










「好きだ、」

突然万事屋を訪ねて来た土方が発した言葉は、何処か現実離れしたもののように聞こえた。
頭の中に数度響いた後、それは僅かな余韻を残して次第に霧散していった。
向けられた声に一瞬反応できなかったのは仕方がないことだと思う。
何時もは乱暴な言葉ばかり出てくるあの口からあんなにも頼りない声が出るなんて、とてもじゃないが想像できなかった。
ソファーに身体を預けて、今だ部屋の入口に立ち尽くしたままの土方を見つめる。
顔を真っ赤に染めあげて、身体を小刻に震わせている姿はまるで別人。
普段とのギャップが有りすぎる。
だから、それまでは全くわかなかった興味を少しだけ持ってしまって、気づいた時には「うん」、と頷いていた。
口をついた言葉に自分でも驚いたが、土方はそれ以上に驚いていた。
まさか俺が受け入れるとは思っていなかったらしい。目を真ん丸に見開く土方の顔は今思い返しても笑えてくる。
コイツこんな顔もできんだな。
僅かばかりの優越感に、心躍る自分に気がついた。



あれから数週間が経ち、穏やかだった日射しは次第に殺人的な暑さへと変わっていった。
日はどんどん長くなって、遊びに行った神楽の帰りが遅くなり、それを新八が心配するという光景ももうお馴染みのもの。
時間は確実に流れている。
だがその間にも、俺と土方との距離が変わるということはなかった。
もともと忙しいアイツは職務に追われて休日など皆無に等しかったし、俺も、わざわざこっちから連絡を入れようなどと思わなかった。
それでも週に一度、土方は万事屋に顔を出すようになった。
時には「接待した相手がくれたもんだ」と言いながら、手土産に甘いものをぶら下げて来た。
それを受け取って礼を言い、まぁ上がってけよと土方を招き入れる。
すると何時も素直に上がっていくのだが、見回りの途中なのだと言ってはものの十分でまた出て行く。
玄関から出る直前、何か言いたそうに口を開くが、結局何も言わず「…じゃあな」とだけ残して。
俺も特に引き留めることもなく土方が出て行くのを見送る。
そうして、また一週間は会わなくなるのだ。



好きだと言われて受け入れた。だが、土方がそれ以上を求めているのかいないのか、俺には分からない。
俺にしても同じことだ。
何を思ってあの時頷いたのか、これからどうしたいのか。
興味がわいたから。結局は全てそこに返ってしまう。
だが、正直土方に対してどう接すればいいのか分からなくなっていた。
土方は俺に対して何も求めようとしない。ただ同じ空間にいて同じ空気を吸っているだけ。
あの時――俺に想いを告げた時の様子がまるで嘘のように何時も通りだった。
一応『お付き合い』なるものをしている筈なのだが、お互いの関係は宙ぶらりんのまま。
そしてそのあやふやな距離を確かめもせず、なるようにしかならねェか、と、土方が出て行った戸をぼんやり見つめるだけだった。



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