短編1

□溢れ、た。
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※土方さんがかなり乙女です。苦手な方はバックプリーズ。
大丈夫という方は、お付き合い下さい。














その一言が、云えたなら



5月に入り、時々初夏の気配を感じられるこの季節。
江戸の街は大型連休という習慣のため、人で賑わっている。家族連れの人、友達同士で遊んでいるヤツら、恋人同士。ざわざわと騒がしいことこの上ない。
そして街に人が多いということは、何かしらの事件が多発するということと同義なわけで。
つまり真選組は大型連休の間もいつもと同じく、いや、いつも以上に仕事をこなさなければならなかった。
もちろん俺も例外ではなく、いつもより回数の増えた街の巡回、行事の警備、誰もこなそうとしない書類仕事に追われる日々が続いていた。
現に今も、この連休中に高さを増した書類の山と対峙している。目の使いすぎで視界が霞む。
ああ、苛々する。
短くなったタバコを灰皿に押し付け、ソフトケースから新しくタバコ取り出そうと机の上を探ると、コツリと何かが手に当たった。
視線をその何かに向ければ、果たして、書類の山によって隅に追いやられた小さな卓上カレンダーであった。
祝日であるため赤い数字で書かれたここ数日の日付。そのうちの一つが、赤い丸で囲まれている。
5月5日。
数ヶ月前にこの部屋を訪れた銀時が意気揚々と印を付けたその日は明日。
終盤とはいえ、連休であることには変わりないから時間は取れないとハッキリ言えば、それでもいいんだと。こうすればお前が、お前の生まれた日を忘れることはないから、と嬉しそうに笑っていた。
ガキみたいだとあの時は思ったが、なかなかどうして、今ではあの笑顔を思い出せば自然と頬が緩んでしまう。
まるで自分のことのように言った姿を、とても愛しく思った。


その後銀時とは何度か会ったが、ここ2ヶ月ほどは珍しくアイツに依頼が入ったり、こちらも大きな捕り物があったりと、俺たちがまともに顔を合わせることはなかった。
もちろん会いたいと思うことは幾度もあった。だがその想いを口にしたことは、一度もない。
仕事で時間がなかったのは本当だが、何より、自分がそれほどまでに銀時に入れこんでいると認めるのが癪だったからだ。
この2ヶ月の間アイツからは何の連絡もないのに、俺ばかりがそう思っているようで、悔しかった。
何で何も言ってこないんだとか。あの時はあんなに嬉しそうだったじゃないかとか。自分のことを棚上げしてアイツにやつあたりをする。


だが、本当は分かっている。
認めたくないと思った時点で、すでに自分が銀時に相当入れこんでいるのだということを。
全ては素直になれない自分を正当化するための言い訳に過ぎない。
それでもまだつまらない意地を捨てられないことを、ひどく情けなく思った。
僅かばかりの意地を捨てられる勇気が、なかった。
随分と乙女な思考になったものだと自分を嘲笑う。

逢いたい。

その一言が、云えたなら。

内に広がるもどかしさを誤魔化すように、俺はタバコを取り出し火をつけた。
白い煙が、暗くなりかけた部屋に溶けて消えていった。



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