短編1

□5cmのアバンチュール
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何てことはないと言うお前は、見ていて苦しかった。
次に町で会った時、お前は本当にいつも通り俺に悪態をついてきた。
何でこんな所にいるんだテメェ。俺がどこで何してようがお前に関係ねェだろコノヤロー。
いつもの日常。いつもの応酬。
全く、「いつも通り」すぎて、嫌になる。



病院の屋上で「辛ェ」と言った背中。その肩が僅かに震えていたのを、知っている。
知って、いたんだ。
だからこそ俺もせんべい齧って、知らないフリをした。
見ないフリして誤魔化した。
町の喧騒も届かない暗い暗い夜に、せんべいを齧る間抜けな音が二つ。
お前がそれで良いと言うのなら、俺もそれで良いと思ってた。



本当は怖いくせに、「いつも通り」に振る舞うお前に心のどこかでイラついていた。
鋭い目の奥に隠している虚ろな気持ちは、吐き出す機会を失って土方を苦しめる。
苦しいのに、苦しくないフリをするお前をこれ以上見ていたくなくて。
5cm。
悟られてはいけない気持ちと、今まで必死になって守ってきた距離を、気づけばあっさり崩していた。
だけど、すっぽりと納まった腕の中のお前の姿は俺の心を満たしてはくれなくて。
ただ無力な自分を、露わにしただけだった。



ああ。
こんなにも壊れそうで。
こんなにも暖かくて。
こんなにも、小さくて。
嘘みたいな今のお前に、どうして気づかなかったんだろう。気づこうとしなかったんだろう。
見当違いな謝罪をひたすら繰り返す自分が、ひどく情けなく思えた。
自分勝手な俺。こんな時は本当に嫌になる。それでもお前のそばにいたいだけなんだ。
抑えられないこの気持ちだけは、嘘じゃねぇと言える。
お前の頬を伝う涙が夕日に照らされてキラキラと光っている。
綺麗なそれをもっと見ていたくて、抱きしめる腕に力を込めて笑いかけた。
気まずそうにそらされた視線に、ごめん、と心の中でもう一度呟いた。



もういつも通りなんて言わせねぇ。
素直になれない、とまた苦しくなることがあるのなら。
その時はまた俺がこうやって飛び越えてくるから。
今度こそ、「お前」に気づいてやれるようになるから。













縮めてしまった5cmはもう元には戻せないだろう。
縮まってしまった距離と、その距離を縮めた自分を誇らしく思う反面、少しだけ後悔していた。
そろそろ屯所に帰らないといけねぇお前を離したくなくて、涙が零れ落ちる。



夕暮れが溶けて夜が訪れる。
零れ落ちる想いを拭うお前の手は、優しくて、暖かかった。













5cm。
その距離を、どこか怖がっていたのかもしれない。



end.

ミツバ編その後

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