短編1

□バチディダマ
1ページ/1ページ



柔らかな温もりが頬をかすめ、沈んでいた意識が僅かに浮上する。
身体を捩じらせると、今度は首筋に同じ感触。
耳、顎、右頬、瞼、額。
ゆっくりと繰り返されるソレに、土方は重たい瞼を上げた。
飛び込んでくる光が思いのほか眩しくて再び目を閉じると、「土方」と自身を呼ぶ声が聞こえる。
未だ覚めきっていない頭にするりと入ってくるその声は、先程までの温もりをもたらしていた人物のもの。

「ぎんとき…」

多少舌足らずになりつつも目の前の人物の名前を呼べば、「起こしちゃった?」と優しい声と共に、髪を梳かれる感触がした。
そろそろと目を開けてみると、銀時がこちらを見つめている。
カーテンの隙間から差し込む光に照らされて銀糸がキラキラと輝いて見えるが、逆光になっているその表情は暗くてよく見ることはできない。
きっと、声と同じように優しい表情をしているのだろう。

「おはよ」

目覚めの言葉と共に落とされた、触れるだけの口付け。唇と額と、柔らかく触れられる。
髪に差し込まれた手は、土方の真黒な髪を梳き続けている。
その感触が気持ち良くてまた瞼が閉じてしまいそうになるのだけれど。
いつもと少しだけ様子の違う穏やかさに違和感を覚え、土方は身を捩じらせた。
ふと耳をすませば、部屋の中に聞こえてくるのは微かな雨音。
昨夜から降り続いていたのだが、この様子だと大分小雨になっているのだろう。
あぁ、だからか。
静寂をつなぐ雨音を聞きながら、土方は思う。
こんな風に穏やかな雨の日。
この男は時々、異様なほど自分に対して優しくなる。
それは労りとも愛情とも違い、ひどく黒い感情を孕んだもの。
まるで何かを求めるように、何かの懺悔のように。
この男が何を思い、何を背負い、何をこぼして生きてきたのか土方は知らない。
それでもただ、さみしい、と、男は涙も流さずに泣き続けるのだ。
その声はとても小さくて、どんなに必死になって耳をすましても微かにしか聞こえない。
あるいは銀時自身も気付いていないのかもしれないが、少なくとも土方には、そう思えた。

「銀時」
「ん?」

今度ははっきりと名前を呼んだ。銀時が覗き込むように見つめてくるから、もう一度。

「銀時」
「なぁに?」
「ぎんとき…」

その背に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。
銀時の思いなど、きっと自分には理解しきれないのだろうけれど。
いつか泣き続ける声がはっきりと聞こえるように。
いつかその感情を受け止めきれるように。
せめて、今だけでもそのさみしさが紛れるようにと願いながら、土方は抱き締める腕に力を込めた。


降り続ける雨と共に、降り続ける無数の温もり。
触れるだけのそれは、まるで。

(さみしさと、後悔と、哀しみを混ぜた、愛を求める貴婦人のキス)



end.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ