短編1

□とある日常のとある光景
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「おーい。ひーじかーたクーン」

いつもと変わらず騒がしい江戸の町。今日も今日とて真選組は市中見回り。
土方も、相変わらずやる気のない沖田を連れて、いつも通り見回りをしていたのだが。

「なぁー、土方ぁー」

背後から聞こえてきたのは、不本意にも聞き慣れてしまった間延びした声。
心なしか弾んでいるようにも聞こえるソレに、僅かに嫌な予感がする。
軽く舌打ちをして無視を決め込もうとする土方だったが、

「おや、旦那じゃねェですかィ。こんなところでどうしたんでさァ」

その気配を目敏くも感じ取った沖田が声の主に答えた。
一見爽やかで可愛らしい顔に、これでもかというほど黒い笑みを浮かべている。
土方は眉間に深く皺を寄せ、目一杯彼を睨みつけた。
普通の人なら泣いて逃げ出しそうな形相だが、彼にそんなものは通じないのもいつものことで。

「おぉ、総一郎クン。元気?」
「総悟でさァ、旦那」
「うんうん、夜神クンは今日も元気そうだね」
「総悟です、旦那」

ごく自然(?)に世間話を始める二人に、次第に土方の不機嫌さも増してゆく。
口に咥えたタバコが、フィルターぎりぎりまで短くなっている。

「君たちは今日も見回り?毎日毎日、ごくろーなこって」
「そういう旦那は今日も暇そうですねィ」
「なーに言ってんの。これから俺には、ジャンプ今週号を読むという重大な仕事があんの」
「そうですかィ、でも…」

ちらりと沖田が土方を見る。その顔にはあの黒い笑みが張り付いている。

「ジャンプ読むだけじゃあ物足りねェでしょう。ついでにウチの土方の面倒も見てやって下せィ」
「何でだよ!!?」

せっかく無視を決め込んでいたにもかかわらず、突然の提案に、土方は思わず反応してしまった。
すると、それを見た沖田と、沖田と話をしていた男――銀時は同時にニヤリ、と嫌な笑みを浮かべる。
しまった。思った時にはもう手遅れだった。
右腕をガッチリと銀時に捕まれ、その隙に沖田は数メートル先までダッシュし、「それじゃぁ旦那ぁー。後はヨロシク頼んまさァー」などと宣っていた。

「総悟っ!!テメッ」
「おーう、任せとけー総一郎クン」

のんびりと去って行く沖田の背中に向かって、銀時は手を振る。
あっという間のことに暫く呆然としていた土方だったが、右側に感じる温もりを思い出し、己の迂闊さを呪った。
あぁ、面倒なヤツに絡まれた。いや、もう今更か。

「っテメ、放せ」
「放したら土方クン、沖田クン追っかけるでしょ」

銀時の腕を振り解こうとするが、逆に抱き抱えられてしまい、抜け出せなくなってしまった。
だがここは賑やかな江戸の町。道行く人々の目線が痛いほど突き刺さる。

「ふざけんなッ!ここ通りのど真ん中だぞ、放せコノヤロー!!」
「えー。じゃあ、放しても逃げない?」
「テメェはどこぞの女か!」
「じゃあ放してやんねェぞ」

さらに力を込めて土方の腕にしがみつく銀時。道のど真ん中で大の男二人が腕を組んで騒ぐ様子は、奇妙なもの以外何でもない。
あまり真昼間から見たくはない光景である。

「わぁーった、わかったから放せ!」

観念したように土方が叫ぶと、不満げな目を向けつつも銀時は素直に離れた。
だが、顔を真っ赤にして肩で息をしている彼を見、ひそかに心の中でほくそ笑む。

「顔が真っ赤ですよー副長さん」
「うるせぇ!!何なんだテメェら、組んでんのか!?」
「何だよ人聞き悪ィな。だいたいお前ェが俺のこと無視するからいけねェんだろーが」
「テメェと関わるとロクなことがねェからな」

短くなったタバコを携帯灰皿に押しつけ、新しいタバコをケースから取り出す。
カチリと火を点け、煙を吸い、吐く。
流れるようなその動作を、銀時はじっと見つめる。タバコは好きではないが、彼がタバコを吸う姿は好きだった。

「で、何か用かよ?」

タバコを指で摘み、目線だけを銀時に向ける。
その顔はすでに赤くはなく、少しだけ銀時は残念に思った。

「あ、そうだった」

はい、と言って、右手を差し出す。だが手には何も乗っておらず、まるで何かをねだるようだった。

「…何だその手は」

意図が読めず、不信感を露わに土方は差し出された右手を睨みつける。
その様子に「あー、やっぱりね」と言いながら銀時はため息を吐いた。いかにもヤレヤレ、といった感じである。

「お前のことだから、そんなことだろうと思ったわ」
「何の話だよ」

そうだよなぁと一人納得している銀時に対し、土方には話がさっぱり見えない。
もとより気が長くはない彼のこと。暫く治まっていた苛々が再び湧き上がってくる。

「だから、一体何の――」
「だーからぁー」

いい加減キレそうになっていた土方の言葉を遮り、銀時は彼の口に咥えられていたタバコを取り上げる。
驚きで半開きになったままの口に、素早くあるモノを押し込んだ。

「んなっ…!!甘っ!?」

そして突然のことに固まっている土方に、目一杯の笑顔を向けて。

「はっぴーバレンタイン」
「は…?」

いまいち状況を飲み込めていない土方をよそに、銀時は構わず言葉を続ける。

「どうせお前のことだから、バレンタインなんて忘れてんだろーなぁと思ってよぉ。だからわざわざ銀さんがお前にチョコをくれてやったってワケよ」

本当は土方から貰いたかったんだけどね。

「……」
「だから、今日はこれで勘弁しといてやるよ」

いつの間にか、銀時の口には先程土方から取り上げたタバコが咥えられていた。
苦みしか与えてくれないソレに、やっぱり「苦ぇ」と言いながら煙を吐き出す。
白い煙を見つめながら、土方は目の前のワケの分からない男を見る。
ほんのりとその頬が染まっているのは、気のせいだろうか?

「じゃ、お返し期待してんぜ」

ぽんっと軽く肩に触れて去って行く銀時を、ゆっくりと目で追う。
人ごみの中に次第に消えていく銀色を、土方はじっと見つめていた。
やがて銀色が完全に見えなくなり、後に残ったのはあの男が残した甘さとタバコの苦味。

「…甘ェんだよバカヤロー」

口の中の甘さを噛みしめながら、土方は男が去った方とは正反対に歩き出す。
顔が熱いのには気づかないフリをしよう。
空を見上げると、気持ちいいくらいの青空が広がっている。
今日も江戸の町は騒がしい。



end.

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