短編1

□かくれんぼ
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紫煙をくゆらせ、雨の音を聴く。
数時間前に開けたばかりのタバコは、その半分が灰皿の中だ。
短くなったタバコを灰皿に押しつけようと体を動かすと、ソファーのスプリングがギシリと響いた。
そして新しいタバコに火を点け、ゆっくりと煙を吸い込み、ゆっくりと吐く。
煙はしばらく漂った後、薄暗い室内に消えて行った。
この家の主はというと、壁にもたれ、窓から雨を眺めている。
こちらからは顔は見えない。ただ、微かに入る光に、その銀糸がぼんやりと照らされている。
ああ、この男は今、何を、考えているのだろう。
僅かな興味がわいた。男はこちらを振り向かない。
少し大きく煙を吐いてみても、男はずっと、雨を眺めたまま。
なんだ。
妙に頭の中が冷え、男への興味も消えた。すると。

「なぁ」

今の今までこちらに興味を持っていなかった男が、急に呼んだ。
驚いてそちらを見ると、男がこちらを振り向いていた。
その目はいつものような死んだものではなく、何の感情も映さない、冷めた色をしている。

「…なんだよ」
「お前、さ」

一瞬の、後。

「俺のこと、好き?」

ズクリ、と、胸が痛んだ。

「は…?」
「俺のこと、好き?」

うまく反応できないでいると、男が再び問いかけてきた。
その目は相変わらず冷めたまま。
こんな目は、初めて見るな。なんて、ぼんやりと思った。
だけど、その目があまりにも真剣、だったから。

「…わかんねェ」

男とは、何度も肌を重ねたことがある。
しかし、そこに“好き”という感情があるかどうかは、わからない。
何故、という思いは常にある。
ただ、『わからない』としか言えない。

「わかんねェよ…そんなこたぁ」

繰り返し呟いて、煙を吐く。大きく、ゆっくり。
その煙の向こうで男の顔が僅かに歪み、口の端がゆるく持ち上がる。

「…俺も、わかんねェ」

また、胸が、ズクリと、痛んだ。
男の顔はどこか、泣いているように見えた。

雨はまだ、止まない。


(終わりを知らないかくれんぼを、二人は、いつまでも、)



end. 〈隠恋慕〉

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