短編1

□sweet,sweet
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「はい、じゃあ今日はこれで終わりです」
「なぁ先生、連絡先教えてよ。今度メシ食いに行こう」
「今日詰めた詰め物が取れない程度に行って来て下さい」
「いや俺一人で行ってもマッタク意味ねーから。ちょっと遠回し風に断らないで銀さん傷ついちゃう」
「ちゃうって何だいい歳して。そういうことは虫歯治してから言うんだな。アンタ歯ァちゃんと磨いてねーだろ」
「いやいやちゃんとしてますってぇ」
「嘘つけ。一番気をつけなきゃなんねー奥歯ができてないんだよ。現役歯科医師ナメんな」
「ちぇ〜、つれねーの」

へらりと笑ってやれば、土方はフンと鼻を鳴らして手元のカルテにペンを走らせた。そんなつれない態度も銀時にとっては可愛く見えて仕方がない。
ニヤニヤ見つめていたら、土方に「キモチワルイ」と言われた。

「まあでも、ほぼ治療は終わったから次回で最後だな」
「…え?」
「右の奥歯上下4本とも詰め物もしたから、来週は簡単な診察だけで大丈夫でしょう」
「マジですか」
「マジです。それじゃあまた来週。さようなら」
「あ、ちょっせんせ…」

淡々と。まるでテレビ番組の次回予告のような台詞を最後に、土方はくるりと銀時に背を向けた。
機材を片付けるその背中を見つめても土方が振り向くことはなく、銀時はただ肩を落とすしかなかった。
大人しく靴を履き、初めて二人が出会ったこの部屋のドアを押してちらりと振り返ってみる。しかし変わらず土方は機材を片付け続けていて、銀時は深いため息と共に部屋を出ていった。

(ンだよ冷てーの。次で最後だっつーのに、もっとこう、何かあんじゃねーの!?)

いくらつれない態度が可愛く見えると言っても限度があって。あまりにもぞんざいな扱いに自然と歩き方も荒くなる。
乱暴に待合室のドアを開けると、銀時はどかりとソファーに腰を下ろした。
他に患者の姿はない。どうやら午前の診察時間が過ぎたらしい。だが今の銀時にとってそんなことはどうでもよかった。

(そりゃ俺の一方通行だけどさ、それでも笑ってくれたりしたじゃん!今までだって部屋出る時はお大事に〜とか言ってくれてたってのに、何だよアレ)

組んだ脚に肘をついて窓の外を睨みつける。気持ちいいほど晴れた空が腹立たしい。
しばらくすると受付で名前を呼ばれ、不機嫌な顔のまま言われた金額を支払う。
お大事にという受付嬢の言葉を背中に受けながら自動ドアをくぐれば、むわりと湿った空気が全身を包んだ。一気に脱力感が襲ってきて、急激な温度差に肌が粟立つ。

「あっちー…」

手をかざして容赦なく照り付ける太陽を一睨みし、力を抜くように息を一つ吐いた。
すると思い出される先ほどの土方の態度。また腹が立ってきたが、ふと思い直して銀時は青い空を見上げた。

(…ま、しゃーねェか付き合ってるわけじゃねーし。先生からすりゃ、やっと解放されるって感じか)

自分に言い寄ってくる、しかも同じ男に振り撒く愛想などもう必要ないということか。だからあんなにそっけない態度だったのか。
迷惑、だったのだろうか。
あ、ヤベ銀さん泣きそう。
炎天下のなか、歩道の真ん中で目頭を押さえる銀時。その姿を道行く人々が怪しげに見ていた。

(いやでも、そんなんで諦めたりすっかよ)

未だ右手で目頭を押さえたまま左手で拳を握る。
たとえ嫌われていようと、まだまだ挽回するチャンスはあるはずだ。だって、確かにこの2ヶ月の間に土方は笑ってくれたのだから。

「とりあえずもう一個虫歯増やすか」
「何考えてんだアンタ」
「っ!?」

突然背後からかけられた声、それは今の今まで銀時の頭の中を埋めていた人のもので。
慌てて振り返ってみれば、果たして、呆れた顔で銀時を見つめる土方が立っていた。

「ひ、じかた先生…!?」
「せっかく治したのに、虫歯増やすとか何バカなこと言ってんだバカ」
「ちょ、バカバカ言わないでくんない!?銀さんバカになっちゃうから!天パだけどバカじゃないから!」
「実際バカだろ。くだらねェことばっか考えやがって」
「ンだよ、もとはといや先生が」

悪いんだろ、と言いかけたところで銀時の目の前に白い紙が突き出された。
驚いて顔を離せば、何か文字が書かれているのが分かって目を凝らす。
すれば、そこには『土方十四郎』という名前と、電話番号とメールアドレスが綺麗な字で書かれていて。
思わず瞠目すると、土方が口を開いた。

「ウチは中々評判がいいんだ。だから今までアンタが予約した時間と他の患者の時間が被んねーようにすんの、どんだけ大変だったと思ってやがる」
「な、なん…」
「来週、ちゃんと歯ァ磨いて来たらこれやるよ」
「へ?」
「虫歯があるヤツとは、俺ァキスなんざしてやんねーからな」



一目で恋に、落ちました。

だから。



それじゃあお大事に、坂田さん。
ニヤリ、やたら男前に土方が笑う。その表情が何とも色っぽく、くるりと背を向け戻る土方を、銀時は呆然と目で追った。
ただ。土方の姿が完全に扉の向こうに消える直前、無駄に視力のいい銀時の目は赤くなった彼の耳をしっかり捕えていて。
中から聞こえるガタッバタンッという物音や、キャア大丈夫ですか土方先生!と叫ぶ受付嬢の声もきっちり耳に入っていて。
置いてきぼりをくらっていた思考がやっと事態を理解した途端、身体中の血液が集まってきたかのように顔が熱くなる。

(ええぇえぇぇ!!マジでか!?)

そしてとうとう我慢できず、口許を押さえてその場にしゃがみ込んだ。通行人が迷惑そうに銀時を振り返るが、そんなことを気にする余裕は今の銀時にはひと欠片もない。
心臓がばくばくと痛いくらいに五月蝿い。

(なに、何なのあのツンデレ。よくも不安にさせやがったなチクショー大好きだ!)

開かない扉を見つめながら、とりあえず今日から1日3回歯を磨こう。そう固く心に誓った銀時であった。






果たして、二人がキス出来たかどうかは、別のお話。



end.


***

結局お互い一目惚れ



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