短編1

□現の華
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不覚。一生の不覚だ。
自分への嫌悪と後悔と怒りで胸の内はいっぱい。なのに口からは何の意味もなさない声ばかりが飛び出す。


ああチクショー、キモチイイ。










屯所で開かれた祝宴を抜け出し男の家に押し掛け、決死の覚悟で積もりに積もった想いをぶつけてみた、つもりだった。
だけどどうやら俺は好きだという言葉を見事なまでにすっ飛ばし、男に開口一番抱けと言ってしまったらしい。押し倒したのは緊張で勢い余ってのことだ、決して欲求不満だったからではない(そうだそんなわけはない、多分)(……)。
素面では到底言えそうにないから、情けないと思いつつ酒の力を借りた。それがいけなかった。
酒って怖ぇな、ブレーキなんかあっさり壊してしまう(そりゃ確かに男に対して邪な気持ちはもっていたけれども)。
にしたって、よりによって何で抱けなんだストレートすぎんだろ俺!と後悔しても時すでに遅し。
一気に頭の中が冷えた一方、羞恥で余計に熱くなった身体では、男の着流しを握る手も震えてしまう。
だから開き直ってもう一度、好きだから抱けと言えば、男はいきなり俺にキスして笑いやがった。
そしてついさっきまで俺がこの男のマウントポジションを確保していたのに、あっさりと形勢は逆転、今度は俺が男を見上げる形で組み敷かれていた。
俺を見下ろす位置にいる男はやたら男臭い顔をして俺の身体中をまさぐっている。
その手や、唇が触れた部分が熱くて熱くて仕方なくて溶けてしまいそうだ。また一つ、声があがる。
すると男は更にいやらしく笑って俺の首筋に舌を這わした。そこからまるで電流が疾走ったように身体がしびれ、頭の中は真っ白。何も考えられなくなってしまった。



するりと手が内股を撫で上げ、反射的にビクリと身体が跳ねる。それに気を良くしたのか、男は更に何度も同じ所を撫で続ける。
その動きと共にまた声があがって、しかもそれが普段の俺からは想像もつかないほと高いものだから余計に恥ずかしくなる。
そしてふいにさ迷った視線の先で男が垂れた唾液を舐めとっているのが見え、ちらりと覗いた赤い舌に興奮している自分に気がついた(ヤバい、変態だ)。
刹那、今まで感じたことのない快感が身体を駆け巡り、一層高い声が暗い廊下に響いた。
なぁ、キモチイイ?立ち上がりかけていた俺の一物に手をかけ、上下させる男が笑う。
紅い瞳に確かに見える情欲。それに煽られ、壊れた人形みたいに俺は何度も何度も頷いた。
ふーん、とやる気のない声だが口許は愉しげに歪んでいる。余裕たっぷりな男の様子にムカついたが、とりあえずキモチイイので良しとする。
ざらりとした舌が俺の身体中を這う。背中を快感が疾走り抜けて肌が粟立つ。
ついでにつぷりと男の長い指が俺の中に侵入し、いやらしい水音をたてて掻き混ぜていく。初めて味わう感覚に戸惑いながらも身体はいちいち反応し、口からは相変わらずあ、だとか、ん、だとか、意味のない音ばかりが漏れ出てくる。
可愛い、と男が言ってくるが、俺だって男だから可愛いとか言われても嬉しく…ないと睨み付けてやる(いや、ちょっと胸がキュンとしたとかじゃないから)(絶対ないから!)
そんな、ぐちゃぐちゃに蕩けかけた頭の隅、どうにか残っている理性の中でふいに疑問が頭をもたげた。
何で、コイツは、俺を抱いてんだ?



確かに俺は、先ほど男に俺を抱けと言った(それまでの過程は俺の意識外なのでカウントしない)。だけど、だからといってコイツが男を、しかも俺をそう簡単に抱こうとするとは思えない。何故ならコイツはノーマルのはずだからだ。いや、俺もノーマルだけど。だったら何で。
がくがくと男に揺さぶられながら一生懸命考えていたが、激しい快感に思考はバラバラに千切れてしまう。
ちょ、考えられなくなるからヤメロそれ!あ、やっぱヤメんなキモチイイから。
正反対の思いに翻弄され、上手く考えられない状態ではあったが疑問は大きくなるばかり。どうしてこうもすんなり身体を重ねることになった?
ただ一度のキスと、まるで悪戯が成功したガキのような笑顔だけを与えられ、コイツの思うままに事が進んでいく。俺が男に告げた想いへの返事すらまだもらってない。受け身でいるしかないこの状況がひどくもどかしい。
強烈な圧迫感、だけどそれ以上の熱さと硬さに息ができなくなる。
やがて、浅くはあるがようやく呼吸ができるようになったのもつかの間、強い律動のせいでまた喉がひきつった。
っは、キモチー。短い息と共に寄越された言葉。男の声はどこまでも愉しそうだ。
あれ、もしかしてこれってただの性欲処理?もしかしてもしかすると俺ただの都合の良い相手とか思われてたりして?だとしたら俺って相当カワイソウじゃね?なんて、ついうっかり目から体液的な何か(泣いてなんかねーぞゴラァ)が出てきそうになった、時。
あ、そうだ多串クン。
上から何時もの間伸びした声が降ってきて、全身を揺さぶる律動が止まった。
少しだけ霞んだ視界の中、男が口許に笑みを浮かべているのが見える。そして男は顔をそっと俺の耳元に寄せて、言葉を呟いて。
そのまま首筋に一つ、紅い所有の華を咲かせた。



顔がやたら熱い。男の言葉に真っ赤になっているだろうことが自分でもよく分かった。
頭の中が混乱して、何を言えばいいか分からずただ紅い瞳をじっと見ていたら、誕生日おめっとさんという声が落とされる。
そして男がひひっと笑ってもう一度俺にキスをした。
不覚。一生の不覚だ。






ああチクショー、倖せだ!





end.

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