短編1

□酔夢の果実
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歌舞伎町にも静寂が訪れるような真夜中。
何故か俺は自分の家の廊下で押し倒されていて、俺を押し倒しているのは普段は鬼などと呼ばれる男で、アレ今何でこんな体勢になってんだと頭の中はぐるぐるのぐちゃぐちゃに混乱していて。
しかも俺を押し倒したこの男の第一声はただ一言、抱けときた。
掴まれた肩が痛いのだけど、男の真意がさっぱり分からないのでとりあえず両手を顔の横で掲げて降参のポーズ(しまった倒れてるから掲げるじゃない)(まぁいいや)。
何でこうなんのとため息を吐く。
そんな俺の様子を不満に思ったか、男が眉間に深く皺を刻んで抱けっつってんだよと顔を寄せてくる。
途端、むわりと濃厚な酒の匂いが漂った。その匂いだけでこっちまで酔いそうになる。
半眼で睨んでくる男の顔は熟れたトマトみたいに真っ赤、派手に酔っ払っているようだ。
一人で飲んだにしては相当な様子に疑問符が浮かぶが、そういや昼間出会った沖田くんが言っていた。今日はこの男の誕生日で、宴会をするのだと。
祝うつもりなんかミジンコ1匹分もないが、酒を飲める絶好の機会だと言っていたのは愛嬌だろう。
何故か俺も誘われたが断った(だって行く理由がない。何が悲しくてムサイ男連中と飲まなきゃならんのか)。



この様子だと恐らく祝宴主催者の近藤もといゴリラ(逆?いや合ってるって)や、沖田くんと悪ノリした隊士達に飲まされたに違いない。そんで酔い潰れたコイツはジミーあたりにでも自室に連れてかれ、そのまま朝までぐっすりオヤスミナサイするはずだったろう。なのに。
それがどうしてどうなって俺ン家に来たのか。安眠妨害された上に押し倒され、現在進行形でセクハラされてる俺ってホント可哀想じゃね?
まったく、はた迷惑な来訪者だ。
何でこうなんのかなぁ。あ、ループしちまった。ため息をもう一つ。
聞いてんのかゴラァと若干ろれつの回らないままに詰め寄られる。はいはい聞いてマスヨ、とおざなりに返せば男の眉間の皺がより深くなった。
ならさっさとヤりやがれコノヤローとかめちゃくちゃ自分勝手なんですけど何コイツ。コノヤローはこっちのセリフだコノヤロー。
大体何でこの男が俺に抱けなどと言うのかが分からない。
溜ってるなら花街にでも行って女を買えばいい話だ。悔しいが、コイツの顔ならひくて数多だろうにチクショー。
あ、もしかしてソッチ?ソッチの趣味がおありなのこの人?
溜ってるけど真選組の副長サンが衆道に走ってるなんて知られたら問題だから、おいそれとそういう店にも行けないってこと?そんで一応万事屋(一応って何だゴラァ)(あ、言ったの俺だった)である俺の所に来たってか?アレ、じゃあコレって依頼?依頼なの?



あのさぁ。男と目が合う。
何がしたいのお前。何って、セック…そうじゃなくて。
遮ってやるとまた鋭い視線を送られた。だが俺が聞きたいのは男の行動のことじゃない。
何で、俺なの。
男の眼を見上げてゆっくり問う。何故あえての俺なのか。赤味を帯びた切長の目が一つ瞬く。
これで本当にただの性欲処理だったら全力でジャーマンスープレックスかけてやる。身体で繋がるカンケイなんて勘弁して欲しい。
そう思いながらじっと探るように見つめていたら、何でって…と男が口を開いた。
ンなの、テメーが好きだからに決まってんだろーがァ。

沈黙。

……………ん?
今、何ておっしゃいましたかアナタ?
あん?だから好きだからっつってんだよ。
顔色一つ変えずに(元から真っ赤だけど)宣うコイツ。何だかピーっていう音が聴こえる気がするのだが、どうやらあまりの衝撃に俺の頭は思考を停止したらしい。
最初にそう言ったじゃねーかくるくる天パー。やたら偉そうに言いやがる男の顔にバカかと書かれててムカツク。
やっぱり聞いてなかったなテメー。
いやいやンなこと一っ言も言ってないからねオニイサン、と動かない頭で一応ツッコんでみる。うん、偉い俺。



すると、それまで俺を小バカにしていた男がピタッと動きを止めた。ポカリと口を開けて目を見開いた顔が間抜けで笑える。
いや言っただろ。言ってねェ。言ったって。言ってないって、オメーこんな時間にいきなり来て、問答無用で銀さん押し倒した挙句抱けの一点張りだったからね。……そうだったか?ウンそうだった。
酔っ払いはこれだからいけない。やれやれという風に首を振る。
男は黙り込み、ふいに顔を伏せた。どうした、と覗き込もうとしたら、どっちでもいい、好きだから抱けと返ってきた。あまりの潔さにいっそ感心する。
あのねぇ。言葉を紡ごうとした、けれど、俺の服を掴む男の両手が小さく震えていて。
ちらりと見えた口許は何かを耐えるようにギュッと噛みしめられていて。
だから俺も、まぁいいか、なんて思ってしまったわけで。
とりあえずこのたなぼた的展開を楽しんでやろうと男の顔を引き寄せキスをする。
すると元から真っ赤な男がさらに赤くなって間抜けな顔をしたので笑い飛ばしてやった。ザマーミロ。



end.

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