短編2

□新春ラブソング
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毎年、年をまたいで行われる屯所での忘年会兼新年会の最中に、懐の中の携帯がぶるぶると震えた。
ディスプレイに映っているのは見慣れない番号。一体誰だと、隊士たちの騒ぎ声で溢れる大広間を抜け出して縁側へと腰かけた。
酒でほどよく暖まった身体に夜の冷気が心地いい。吐き出した白い息が闇へと溶けるのを見ながら、通話ボタンを押した。

「もしもし」
『お、やっと出た。こんばんは〜俺ですよ〜』
「誰だテメェ、警察に対して堂々とオレオレ詐欺をするたァなかなか度胸があるじゃねーか」
『いやいやいや違う詐欺ちがう!俺だって、オメーの愛しい愛しいダーリンだって!』
「あいにく俺にはンな名前の知り合いなんていないんでな。切るぞ」
『だあああ待って待って悪かったって!万事屋の坂田銀時ですお願いだから切らないで!!』
「ふん、最初からちゃんと名乗れってんだ」

ちょっと脅してやればすぐに名乗り出したのは、長い腐れ縁の末、なぜか俺と恋人なんて関係になってしまっている男。まだブツブツと文句をたれていたから、うるさいと一刀両断しておいた。
電話向こうは何だかざわざわと騒がしい。重なりあってただの雑音と化した人の声のようだ。どうやら男は外にいるらしい。

「で、一体どうした。お前のこれ、携帯の番号だろ。盗んだのか」
『盗んだって何!?お前普段俺のことどういう目で見てんだよ!?ったく、違ェよ、今屋台の店番頼まれてんだよ。依頼主から貸し出されてる仕事用のヤツなんだわ。ったく正月だってのに勘弁して欲しいっつーの』
「仕事?珍しいな。つーか電話なんかしてていいのか?仕事中なんだろ」
『ああ大丈夫。今はサボ…じゃねーや、休憩中だから』
「オイ今サボりって言いかけただろ。完全にサボってんだろ」
『違ェって。休憩中だって自主的な』
「完璧サボりじゃねーか!ちゃんと仕事しろやこの万年ニート!!」
『ニートじゃねーよ依頼が少ねェだけだ!おま、何なの!?新年そうそうケンカ売ってんの!?』
「あ?"新年"?」

男の言葉が引っかかり、携帯を耳から離して時刻を確認してみる。
すれば、そこに示されている時刻は新しい年を迎えてから数分が経っていて。そういえばと見上げてみた夜空では、三日月が頭のほぼ真上で煌々と輝いていた。
背後の大広間では相変わらず隊士たちの馬鹿騒ぎが続いている。どうやら年を越えたことに気づいている奴は誰もいないらしい。
微かに肌を撫でる空気に羽織の合わせを少しだけ整えた。

「いつの間にか日付変わってたんだな。気づかなかった」
『何だか呆気ねェけどな。ま、とりあえずあけおめ。そんでもって、ことよろ』
「あけおめって…いい歳した野郎が何言ってやがる。ってかことよろって何だ、それも何かの略か」
『あれ、もしかしてオメーことよろ知らねェの?マジでか。うわぁ、土方クンおっくれてる〜』
「…テメェ、今すぐ切られてェようだな」
『あ、うそうそ嘘だから切らないで、俺も電話も』

飄々と言葉を寄越す男にため息を零す。どうしてコイツはこうも人の神経を逆撫でするのが上手いのだろうか。
だが、たとえ腹立たしい男であっても、一応自分の好いた相手なわけで。
年末の忙しさのせいでここ数日まともに会えていなかったから、声を聴けて嬉しいと思ったのもまた事実だった。もちろん、本人に言ってやるつもりなどさらさらないが。

「チッ、何でもかんでも略しゃいいってもんでもないだろ。そんなんだからテメェの人生は色々省略されたようなモンなんだよ」
『オイオイ俺のどこが省略されてるってんだ。俺の生きざまは波乱万丈一大叙事詩だドラクエもビックリの壮大なRPGだコノヤロー』
「そんなパチもん誰もプレイしねーよ」

新しい年を迎えても変わらず交わされる憎まれ口の応酬。自然と持ち上がる口の端もそのままに柱にもたれかかる。
澄んだ夜空に浮かぶ月。辺りをほんのり照らす光。遠いネオン。
すぐ後ろで行われているはずの宴会の喧騒すら気にならなくて、じっと携帯の向こう側へと耳を傾けた。
耳を打つ、ほどよいテノールをもっと聴いていたいと、そっと目を閉じる。

『わぁーった、オメーがそこまで言うなら仕方ねェ。略さず言やいいんだな』
「ああ、ちゃんとした日本語らしくな」
『じゃあ…明けましておめでとう』
「明けましておめでとう」
『今年もよろしくお願いします』
「よろしくお願いします」

改まって、そしてどこか拗ねたような声音で男が言う。それが何だかおかしくて思わず笑ってしまって。

『それから、』
「ん?」

だから男が言葉を続けたのにも大人しく耳を傾けていたら。






『愛してるよ』






思わぬ反撃にあって、しまって。

「〜〜〜〜なっ!?」
『これでいいか、土方クン?』

してやったり、と男の声が笑いを含んでいた。
せっかくいい感じで酒の抜けていた身体が再び熱を持つ。
言われ慣れていない言葉(お互いにそんなこと言うガラじゃない)に二の句が継げない。きっと今、俺の顔は赤くなっているのだろう。

「…略とか関係ねェだろうがソレ」
『いやいや、男は言わなくても伝わるって思い込んでる生き物だからね。だけどあんまりオメーが言うから、俺の溢れんばかりの愛をちゃんと言ってやったんだよ』

なんならもっと言ってやろうか?なんて笑う男が心底腹立たしい。今すぐ男を殴り倒してやりたい。
けれど、一番腹立たしいのは。

「テメェ…覚えとけよ」
『はは、楽しみにしてんぜ』

おそらく男が柔らかい笑みを浮かべているだろうことが容易に想像できて、そしてそれにつられて口許に孤を描いている自分自身で。
だけどたまにはそんなのもいいかと思ってしまうほどには、俺は男に絆されているようだ。
そうだ、今度会ったらまずは男を殴りつけて、俺も愛してると伝えてみよう。
それからキスの一つでもしてやったら一体どんな反応をするだろう。想像するだけで笑えてくる。

『これからも仲良くやっていこーな』
「それはテメーの頑張り次第だな」

とりあえず今は、絆されついでにこの甘い雰囲気に流されてやろう、と。
月明かりが柔らかく輝く夜空を見上げながら、手の中の携帯をそっと握り直した。



end.


(A HAPPY NEW YEAR!!)

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