短編2

□はっぴー・いん・おーたむ!
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『留守番電話サービスに接続―――』
「………」

感情の読めない電子的な声を耳にした瞬間、銀時は持っていた受話器を無言で戻した。
ガチャンと少し強めに音をたてたそれを半目で睨み付ける。口の端がヒクリ、と引きつった。

「あんのヤロー…何で出ねェんだよ。俺からの電話は無視ってか?そういうことか?イヤイヤ、いくらアイツでもそこまでは…」

ない、とはっきり言えないところが悲しい。それでも銀時は、たまたまだ、と自分に言いきかせて首を振った。
もし本当にそうであったなら辛過ぎる、と若干目の奥が熱くなりかける。だが、僅かばかり残った矜持を掻き集めて何とか堪えることに成功した。



一夜明けて、十月九日の昼過ぎ。つまり、現在。
昨日と同じく、この家に一つだけある椅子に腰かけて銀時は電話と対峙していた。
相手はもちろん土方だ。今のところ新聞やテレビなどで真選組が攘夷浪士を大量捕縛したというニュースは目にしていないから、未だ張り込み中なのであろう。きっと絶賛不機嫌中に違いない。昨日の電話の様子からもそれが易々と想像できて、銀時は思わず苦笑を漏らした。
ただ、良くて怒鳴られる、悪くて即通話終了を覚悟していた銀時としては、先ほどの電子音声は想定外であった。まさか自分からの電話に出てもらえすらしないという事実にうっかりしっかりトラウマでも生まれそうである。
中途半端に受話器に伸びた銀時の手が所在なさ気に宙をさ迷っている様は妙にもの悲しい。
今は沈黙している電話を銀時が取ったのはもちろん昨日と同じ理由。二人で久しぶりに飲みに行きたい。それだけだった。
昨日はまともに取り合ってもらえず切られてしまった。銀時も、普段ならばそれで諦めていただろう。
だが明日は自分の誕生日。少しくらいわがままになってもいいじゃないか。
だからこそ、めげずにかけてみたのだけれど。

「さすがにマジでヘコむぞありゃあ…」
「何してるアルか銀ちゃん?」
「うおっ」

ふいに頭の上から聞こえた声に不覚にも肩を揺らす。聞き慣れた声に顔を上げてみれば、果たして、酢昆布を片手に自分を見下ろす神楽がすぐ側に立っていた。

「ンだ神楽、いつの間に帰ってたんだ。よし子ちゃんはどーした、よし子ちゃんは」
「よし子ちゃんじゃなくてさち子ちゃんネ。さち子ちゃん、今日はお昼からマミーと買い物って言ってたヨ。それより何がヘコむアルか銀ちゃん?とうとう銀ちゃんの銀チャンが使い物にならなくなったアルか?」
「ンなわけねーだろ銀さんの銀サンは生涯現役だコノヤロー。いいから酢昆布食って寝てろクソガキ」
「マヨラーがつれなくて泣いてたアルか」
「ぶっ!?」

大きな青色の瞳がきょろりと銀時を見つめる。
今まで銀時は土方とのことについて子供たちに話したことは特になかったが、彼らは彼らなりに何となく気づいていたらしい。
なかなかどうして、子供というのは侮れない。
両手を腰に添えてふんぞり反る少女を軽く睨み上げる。そしてバツが悪そうに頭を掻いた。

「…何でオメー、そこで土方が出てくんだ」
「銀ちゃんがうじうじするのなんて、銀チャンのことかマヨラーのことくらいネ。女の感をナメんなヨ」
「いっちょまえに言いやがって。大人には大人の事情があるんですぅーガキには分かんねーことなんですぅー」
「大人の事情っていうのはよく分かんないけど、それでアイツも元気なかったアルか」
「……は?」

生意気な子供を適当にあしらっていたら聞こえてきたとんでもない情報に、一瞬脳みそがフリーズする。
思わず神楽を見つめてみるが、目の前の少女の表情はひとつも変わらない。

「神楽、何でオメーがンなこと知ってんだ?土方に会ったのか?」
「さち子ちゃんとバイバイした後、アイツがコンビニから出て来た所にばったりネ。疲れた顔してたヨ。見てるこっちまで疲れてきそうだったアル」
「…ふーん」

コンビニね、と、銀時は口の中で小さく呟いた。
土方は昨日、三日は寝ていないと言った。ならば今日で四日目か。
きっとほんの一息入れにコンビニに立ち寄ったのだろう。それとも、空になった煙草の補充だろうか。
だが、どちらにせよ土方はその時間、現場から離れていたのだ。
神楽が友達と別れた後に出会ったと言うのなら、おそらくそんなに時間は経っていない。
土方の携帯には、先ほどの銀時からの着信履歴は残っているはず。だったら、その僅かな時間にでもかけ直してくれれば良いのに。
何だアイツ、自分の電話には出ないくせにコンビニ行く時間はあんのかよ。自分のことはどうでもいいのか。
腹の奥に少し重たいものを感じながら、銀時は相槌を打つ。
あまりにもそっけない土方の態度、これはいよいよ我慢の限界かもしれない、と銀時が不機嫌なため息を盛大に吐き出した、時。

「それに、私が銀ちゃんと一緒じゃないって分かった時、アイツ何だか寂しそうな顔してたヨ」

聞こえてきたおよそ土方には似つかわしくない言葉に、瞠目する。
寂しそう?あの土方が?そんなまさか。
"寂しそう"な土方をまったく想像できなくてただ呆然とする銀時に、神楽はさらに続ける。

「よく分かんないけど、銀ちゃんに『悪かった』って伝えてくれって言ってたアル。お前らケンカでもしたアルか」
「……いや、うん。まあ、そんなもんだ」

コトリ、と小首を傾げた神楽は、ただ土方からの伝言を伝えただけだ。
だがそれは鬱々としていた銀時の胸の内を晴らすには十分な威力を持っていた。

「だったら早く仲直りしてこいヨ。あんまりうじうじジメジメしてたら股間だけじゃなくて頭にもキノコ生えてしまうアルよ」
「生えてんのはオメーの頭ン中だろうが」

実際は土方は何も悪くない(いやでもあの一方的な電話の切り方には腹を立ててもいいはずだ)し、始めから銀時の些細なわがままのせいなのだけれど。
それでも、少しでも土方が自分のことを気にしてくれていたというだけで、じわじわと嬉しさがこみ上げてきて仕方がない。
人伝ての、それもたった一言。
プライドの高い土方は、きっと直接自分に謝るなんてことは恥ずかしくてできないだろうから。
我ながら単純すぎると思いつつ、反面、まあいいか、と思ってしまっている。所詮、惚れたが負けなのだ。

「まあとにかく、あんがとよ神楽」

ぽん、と軽く頭を撫でてやれば、少しくすぐったそうに身動いだ神楽が笑った。それにつられて銀時の口許にも薄く笑みが浮かぶ。
そしてそのまま、定春の散歩に行くという神楽を見送って、銀時はひとつ息を吐いた。
思い出されるのは、土方が寂しそうだったと言う彼女の言葉。

(もし、あいつも俺に会いたいと思ってくれてたら)

もう一度、受話器を手に取る。
ゆっくりとダイヤルを回すこと、十一回。

『留守番電話サービスに接続します』

再び聞こえた電子音声の後に、自らの声を吹き込む。

「あー…俺、だけど。何度も悪ィな。…もし、夜に少し時間ができたら、いつもの公園に来てくんねぇ?別に飲みに行くとかじゃなくて…八時に待ってっから」

誕生日だから、なんて言い訳はなしにして。

ただ、ただ。



「―――お前に、逢いてェんだ」



***


墨を流したような夜空に飛行機や宇宙船のライトが存在を主張する。その周りに確かにあるはずの星々は街のネオンによって掻き消されてしまっている。
人気のない公園のベンチに腰かけ、銀時は淡く光を放つ三日月を見上げていた。
歌舞伎町の外れにあるこの公園は、土方と約束した時に待ち合わせ場所としていつも利用している。街の喧騒から離れたここには、人の声の代わりに虫の鳴き声や風で揺れる木々の音が響き渡っていた。
公園の中央にそびえ立つ時計台の針が指し示すのは七時五十五分。一方的に取りつけた約束まであと五分だ。
周りに人の気配はない。静かな公園にいるのは銀時一人だけ。澄んだ空気がむき出しの顔を撫でて肌寒い。
昼間は明るい日射しが射して暖かいが、これから秋深まって行くこの季節は朝晩の冷え込みが厳しい。
冷気を追い出すように、銀時は羽織の両袖に手を入れ腕を組んだ。

「寒ィなぁ…」

吐く息こそ白くないものの、何だか今日は一段と寒く感じる。この寒空の下で、まだ土方は張り込みを続けているのだろうか。果たして、昼間入れた留守電は聞いてくれただろうか。―――来て、くれるだろうか。
未だに姿の見えない恋人を思い浮かべる。どうしたって不機嫌な顔しか想像できなくて思わず一人笑ってしまうけれど、もし、来てくれたなら。土方も自分と同じように、逢いたい、と思ってくれていたなら。

(とりあえず、抱きしめてチュウするのは決定だな)

きっと僅かな時間でしかないだろうし、プライドの高い土方は恥ずかしがって怒るだろうけれど。
それでも四日分の疲れが吹き飛ぶくらいに甘やかして。
零れ落ちる愚痴もすくい取ってやって。
久しぶりの二人の時間を静かに楽しもう。だから。

「早く来ねェかな…」

針が指す時刻は午後八時七分。
土方はまだ来ない。



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