短編2

□はっぴー・いん・おーたむ!
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相互御礼。『アオゾラ』の瑠華さまに捧げます。






黒電話のダイヤルに指を突っ込んで、時計回りに回すこと十一回。
番号を飛ばすしばらくの沈黙の後に聞こえる無機質なコール音が、一回、二回、三回。
ふいに途切れる音に、唾をひとつ飲み込んで。

「よ、よォ、」
『何の用だ』

開口一番、問答無用で冷たい声音を寄越す"恋人"に、無意識に作っていた笑顔の口許がひくり、と引きつった。






つい先日まで残っていた肌にまとわりつくような湿った空気は何処へやら。
夜から朝にかけて肌寒さが身体を包む一方で、カラリと眩しい、けれど優しい青が日中の空を覆うようになった十月上旬の今日。
今日も今日とて暇を持てあます銀時は、世間一般で言う"お付き合い"なるものをしている土方に電話をかけていた。
土方は忙しい。若くして真選組副長という重要ポストに身を置くが故、その肩にのしかかる責任や責務はとても重たいもので。おまけにストーカーが日課の上司と、二十四時間いつでも何処でも命を狙ってくるドS王子の部下を筆頭に問題児(そんな可愛い言葉では到底表現できるものではないのだが)を抱える土方は、彼らに放棄された仕事のフォローに走り回る日々だ。
必然的に土方がこなさなければならない仕事は増えてしまうわけで、めったに取れない休日までも返上して山のように積み上がった書類を処理したり、江戸で起こる事件を取締ったりと大忙しであった。
だから、銀時が土方と二人の時間を過ごせることなどほとんどない。仕事で反故にされた約束など、両手の指では足りないほどだ。
果たして、最後に二人ゆっくりと過ごしたのは一体いつのことだったか。
それすら曖昧になるほどに、会えない時間は積もり積もっていった。
何らかの騒動で顔を合わせることは多いけれど、最近は比較的平和な日々が続いていたため、その声を聴くのも久しぶりだったというのに。

「ンだよ、開口一番随分なアイサツじゃねーの。愛しの銀さんの声が聴けて嬉しくねーのかコノヤロー」
『うるせーこちとら年中ヒマ人のテメーとは違って忙しいんだよ仕事中なんだよ邪魔すんな』
「いやいやいやいや俺だってヒマじゃねーしィ?ジャンプ読んだりパチンコでフィーバーしたりで忙しいしィ?」
『忙しいヤツのセリフじやねーだろそれ!ったく、用がないなら切るぞ』
「ちょ、まてまてまってお願いだから待って土方クン!!」
『…何だよ』

ともすれば本当に電話を切りかねない土方の様子に慌ててストップをかければ、受話器越しに小さなため息が聞こえたので胸をなでおろす。何だかんだ言いつつ付き合ってくれる優しい男に、自然と銀時の口許が緩んだ。
そんな些細な喜びを噛み締めていたいのは山々だが、ぐずぐずしていてはまた切るとも言われてしまう。ひとつ息を吐き、用件を伝えるべく銀時は口を開いた。

「あー…えっと、あのさ…」
『ンだよさっさと言えや』
「分かってるっての。その…お、お前さ、明後日が何の日か…覚えてっか?」
『あ?明後日だぁ?…特に何もねェ、普通の日だろ』
「あー、いや、そうなんだけどな…うん、まあそれはいいや。そんじゃさ、明日の夜って…空いてる…?」

少し言い淀みつつ銀時が口にしたのは、けれど何でもない、ただ土方の予定を尋ねるもので。
その呆気ない内容に『は?』と聞き返す土方の声が、やたらと銀時の耳に痛く突き刺さる。

『テメェ…あんだけ言いにくそうに溜めといてそれだけなのか…?』
「…はい、そんだけ、デス…」

明らかに苛ついたその声に、銀時の背中を冷たい汗が流れ落ちる。きっと電話の向こうでは土方が、元々開きぎみの瞳孔をさらにかっ開いているに違いない。不機嫌に吐き出される紫煙の匂いすら漂ってきそうである。
もっとも、そんなことを容易く想像できるくらいには、二人の付き合いは深いものなのだけれど。

『いきなり電話なんぞしてきたかと思えばンなことかよ』
「まぁ、な。で、どうよ?明日の夜、飲みに行かねェ?」
『いいか、俺ァ今張り込み中で三日は寝てねェんだ。いつ攘夷浪士どもが尻尾出すとも知れねェってのに、テメーのくだらねー質問や思いつきに付き合ってるヒマなんぞありゃしねーんだよ』
「ひっでぇなお前。仕事だってのは分かっけど、もうちっと考えてくれたって罰は当たんねェんじゃねーの?銀さん傷ついちゃう」
『はっ、言ってろ。聞いてやっただけありがたいと思え。もう切るぞ』
「あ、ちょっ、ひじか」

ブツリ、と。引き止める銀時の言葉にも容赦なく電話を切られる。繰り返し耳に響く無機質な音が虚しい。
もう土方には繋がっていない受話器をしばらく見つめた後、銀時は、はぁぁぁ、と重たいため息を吐いて右手のそれを静かに戻した。
座っている椅子の背もたれに体重を預けて、行儀悪く机に乗せた脚を組む。そしてちらりと壁に遣った視線の先には、八という今日の日付を示す日めくりカレンダーがあった。

(明後日…か)

二日後に迫ったキリのいい数字に、やたら浮足立たせた子供達の姿が銀時の頭に思い浮かんだ。
十日は銀時の誕生日である。
二人とも張り切って何やら計画を立てている様子で、一生懸命に準備する彼らを見るのは微笑ましい。
きっと二日後には、新八や神楽、お妙やスナックお登勢の面々と飲んで食べての大騒ぎが繰り広げられるのだろう。
いい加減もう誕生日ではしゃぐ歳などではないが、それでも祝われることが嬉しくないわけがない。
だからこそ、平凡だけれど非日常なその時間を土方とも過ごしたいと思ったのだ。
当日の夜は"家族"と過ごすことになるだろうし、いわゆるツンデレなあの男(とは言ってもデレることなどほぼ皆無で、むしろツン百%で出来ているんじゃないかと思われるほどだ)のこと、素直におめでとうと言ってくれそうにもない。
だからせめて、その前日。
直接祝ってはもらえなくとも、日付が変わり、自分の生まれた日になるその瞬間を愛しい相手と一緒に迎えたいという、恥ずかしいながらもささやかな望みから、ダメ元で電話をかけてみたのだが。

(やっぱ仕事…だよなぁ)

張り込み中、と言われたことから何となく予想していたものの、やはり土方の答えは否定の言葉。銀時も、忙しい土方に対してあれだけの用件のために電話をするのを悪いと思わなかったわけではない。
けれどあまりにも間発入れない土方の冷たい答えと態度に、さすがに少しばかりムッときたのも確かで。

「ようやくかけたってのに…」

もう一度机の上の黒電話を見遣り、銀時は息を吐いた。僅かな苛立ちを誤魔化すように頭を掻けば、くるくる跳ねる銀糸が指に絡みつく。規則的な電子音が耳の奥に蘇る。
―――実のところ。銀時が土方に電話をかけたのは今日が初めてだった。
忙しく街を駆け回る土方の邪魔になるだろうという思いもあったし、何より土方自身、人前で銀時との関係を大っぴらにしたがる性格ではない。それはそれで悲しいものもあるが、"男同士"というのは確かに堂々と公言できるような関係ではないため、人目のある場面ではお互いそういう空気を出さないように振る舞ってきた。
約束などは街で偶然出会した時に取り付けていたし、特に電話をかける必要がなかったのも事実だ。
とは言っても、たまに無性に土方の声が聴きたくなって、受話器片手に電話の前に立ち尽したことが何度もある(おかげで土方の携帯番号を諳で言えるようになった)。結局いつも、電話越しに怒る土方を想像して受話器を戻すのだけれど。
あまりにも仕事仕事と言う土方に不満を感じることも少なくないが、けれど自分が好きになったのはそんな彼なのだから仕方ないと、銀時は自分に言い聞かせていた。惚れたが負けとはよく言ったものだ。
だが明後日は自分の誕生日。一年に一度訪れる非日常なのだ。
銀時とて、特別な日を好いた相手と過ごしたいという気持ちだって持ち合わせている。そうして、銀時が受話器を取ったのが今から約一時間前のこと。
ダイヤルにかけた指をやっと動かしたその結果は―――言うまでもない。

「ったく、あんのワーカーホリックめ。テメーの恋人の誕生日くれぇ覚えてろっつーの」

きっと仕事のし過ぎで日にち感覚などとうになくしているだろう土方への不満は、何処か拗ねた幼子のようで。それに気づいていたけれど、今この部屋には自分以外誰もいないのだから構わない。

「とりあえず、パチンコでフィーバーしてくっかな」

先ほどから溢れてくるため息を隠すことなく吐き出しておもむろに立ち上がる。
今日は何だか出そうな気がする、と一人零した言葉が溶けた空間を背後に閉じ込め、銀時は腹が立つほどに晴れた空の下へと足を踏み出した。



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