短編2

□Merry,Love!!
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朝起きると、左手の小指に赤い糸が結ばれていた。

「銀ちゃん見るヨロシ!靴下の中に酢昆布が入ってたヨ!しかもいつもの酢昆布より50円高い、ぷれみあむ酢昆布アル!!サンタさんが来てくれたアルヒャホーイ!!」
「はいはい良かったな。ところで神楽ちゃん、この赤い糸はお前のイタズラですか?何かの嫌がらせですかコノヤロー」
「何言ってるネ?そんなものドコにもないアル」
「そりゃこっちのセリフだ。ここにしっかりばっちり結んであんだろ。怒んないから正直に言いなさい」
「銀ちゃん、とうとう目までダメになったアルか。痛い妄想で自分を慰めてるアルか」
「目までってどういうこと?ドコの部分を言ってるの神楽ちゃん?」
「おはようございまーす」

神楽を問いただしてみても、大きな瞳をキョトンと瞬かせるだけで話が進まない。挙げ句の果てには俺の『赤い糸』発言を痛い妄想などと言われ、憐れまれる始末だ。
俺は、たった今リビングの戸をガラリと開けたもう一人の従業員を見遣り、問題の左手を突き出して尋ねた。

「おう新八。コイツぁオメーの仕業か?」
「はあ?朝っぱらから何訳分かんないこと言ってんですか。コイツって一体何のことです」
「しらばっくれんじゃないよ新八クン。ここに意味の分からん赤い糸が結んであんだろーが。オメー昨日俺が眠った後に仕掛けたんだろ。銀さんの寝込みを襲ったんだろ」
「そんな何の得にもならないことするわけないでしょうが。大体、赤い糸なんてドコにもないですよ?頭だけじゃなく、目までダメになったんですか?」
「ちょ、2人して何なのお前ら!銀さんドコもかしこも正常だから!全然大丈夫だから!血糖値以外は」
「全然大丈夫じゃねーよソレ!」

神楽に続いて、新八までも知らないと言う。しかも2人とも、俺の指に繋がっている赤い糸の存在が見えていない様子だ。
いや、こんなにはっきりしているんだから、見えないはずはない。どうせ申し合わせて俺をからかっているんだろう。それで俺の反応を楽しんでいるに違いない。その手には乗るかチクショー。
赤い糸をむんずと掴み、思いっきり引っ張った。すると糸は案外簡単に切れ、はらりと床に舞い落ちた。
小指に小さな蝶々結びは残っているが、これでどうだと顔を上げると、2人が怪しいものでも見るかのような目で俺を見ていた。なんというか、そう、完全に引いている。

「…なんだよ」
「いえ、別に」
「不審者まる出しネ」

微妙に目を合わせてくれない子供たちに、なぜか少し泣きそうになる。
切れた糸の先は、リビングを通り越して玄関の方までずぅっと続いていた。



「くっそ。アイツら覚えとけよ…」

あの後。朝飯を食ったり顔を洗ったり着替えたりと身支度を整えていたが、ふと目を遣った小指で、切ったはずの糸が繋がっているのに気づいた。
どんな怪現象だ、とその度に糸を切る。しかし不思議なことに、切った時は切端は大人しく床に落ちるのに、気づいた時には再び蝶々結びに繋がっているのだ。
半ばやけくそになりながら糸を切っていたら、新八と神楽にうっとうしいから出て行け、と家から放り出されてしまった。
問答無用なその行為(何で家長の俺が追い出されなきゃなんねーんだ)に玄関で仁王立ちする2人を見上げた瞬間、無情にも引き戸がガラリと閉められ。
ついでにガチャリと鍵がかかる音を呆然と聞くハメになった。
せっかく親心を利かせて、食いたがってた酢昆布を靴下に詰めてやったってのに、あんまりな仕打ちだ。

「にしても、ホント何なんだコレ…」

一人ごちて左手を見る。その小指には、やっぱり小さな赤い蝶々結び。糸のもう一端はずっとずっと長く、外にまで繋がっている。
追い出されたついでに糸が繋がる先を確かめてやろうと思い、人の波をすり抜けて行く。
昨日までうんざりするほどの賑わいを見せていた町は、クリスマスというイベントが終わった途端にいつもの静けさを取り戻していた。代わりに店先には近く訪れる正月に向けた飾りが多く見られ、それを買い求める人々が行き交っている。
しかしその誰もが、俺の指から伸びて地面に赤い一本線をひく糸に見向きもしない。まるでそこには何もないかのように、前を向いて歩いて行く。
新八と神楽も、赤い糸などドコにもないと言った。どうやら本当に俺にしか見えていないらしい。
一体どんな仕組みなのかさっぱり分からないが、とりあえず糸を辿れば何か分かるだろうと足を進める。すると。

「―――あ、」

前方からやって来る黒い姿が目に入った。自然跳ねた心臓、けれど表情にはひとつも出さずに前を見据える。
すれば向こうもこっちに気づいたようで、目が合った瞬間にその眉間に深い皺が寄せられた。

「…チッ。嫌なヤローに出くわしちまった」
「そりゃこっちのセリフだコノヤロー。ンな怖ェ顔で町歩くんじゃねーよ。こっちまで憂鬱な気分になっちまうだろーが」
「ふん、テメーのフワフワな頭にゃ丁度良い重さだろ。感謝しろや」
「ンだとテメ、だったら今すぐペタンコにしてみろや俺の頭をサラサラストレートにしてみろやァァァ!」

売り言葉に買い言葉。
冬空の下でお互い寒さにガタガタ身体を震わせながら罵り合う姿はさぞ滑稽だろう。
だが寒いなど絶対言うわけもない。それはお互いよく分かっている。子供じみた意地の張り合いに、心の中で笑みを浮かべた。
その時、土方の両手がスラックスのポケットに突っ込まれているのが視界に入った。
寒いからだろうその仕草、けれどふと下げた視線の先に、赤い何かが映り込む。
それは見覚えのある、赤い糸。土方の左ポケットから伸びる糸を辿れば、土方の足を伝って地面に降りて、2人の間の距離を進んだ先にある、俺の足、左手、小指の蝶々結び。

「っ、オイ――!?」

思わず土方の左手首を掴んでポケットから引き出せば、突然の俺の行動に驚いた土方の声と共に現れた、小指の小さな蝶々結び。
振りほどこうともがく腕を押さえてそれをじっと凝視する。そんな俺に何か気づいたのか、暴れることを止めた土方が小さく口を開いた。

「お前…これが見えるのか?」
「おお。ってことは、オメーも?」
「…総悟の趣味の悪ィ嫌がらせかと思ったが、誰にも見えてねェらしい」
「そうみてぇだな。ったく、ホント何なんだか…」

なぜ俺たちがこの赤い糸で繋がれているのか分からず、ただぼんやりと土方の小指を見つめる。
小さな蝶々結びは、間違いなく俺の左手小指のそれと同じものだ。

「…オイ」
「あ?」
「い、いい加減、はなせよ…」

らしくない弱々しい声に土方の顔を見遣って、瞠目する。
土方の白い肌は、顔や耳、首まで赤くなっていて。
さらには掴んでいる手首までもが薄っすら桜色に染まっていて。
軽くうつ向いたその姿に浮かんだある答え。

(ああ、そういうこと)

思わず口に、弧を描く。

「なあ、土方」
「…何だよ」
「好きだよ」

大きく目を見開き、さらに真っ赤に染まった土方に笑みを深くした。
一日遅れのクリスマスプレゼントに胸の奥が熱くなる。



小指の赤い糸は、いつの間にかどこかへ消えていた。



end.


***

一日遅れましたが、メリークリスマス!!



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