宝物
□月の痕
2ページ/6ページ
季節が秋へと向かい始めた、ある満月の夜。
土方は夜の公園で、奇妙なモノを見つけた。
「拾った」
なし崩しに銀時と一緒に住み始めていくつかの季節を過ごした家に帰り、土方は一応家主である人物に、そう報告した。
土方が差し出した手のひらには、黒い塊。
ふわふわとした体毛が生えており、よく見れば呼吸に合わせて胴体が小さく上下している。
生き物だ。
銀時は、喜色満面土方に飛びつこうとしていた表情を、苦虫を噛み潰したような顔に変えて、口を開いた。
「元の場所に捨てて来なさい!」
「何でだよ!?これ、お前の仲間じゃねェの!?」
「そんな危険人物知らん!捨てて来なさい!」
「捨てて来なさいってお前…」
せめて、戻して来なさいって言えよ。
反論しようとして、土方はふと引っかかりを感じた。
危険人物?
「お前、このコウモリと知り合いか?」
「…イイエ?見ず知らずのただのコウモリですヨ?」
「ふぅん、知り合いか。お前の他にも吸血鬼っていたんだな」
一人納得して、土方は手のひらのコウモリを指先で撫でた。
あんな脂汗流しながらカタコトになった銀時の言葉を、信じろという方が無理である。
「いや、知らないって言ってんじゃん!つか、目ェ覚まさないうちに早く捨てて来いって!」
「駄目だ」
「何で!」
「目ェ覚まさないんじゃなくて、気絶してんだよコレ」
「は…?」
バイトからの帰り道。
近道しようと、銀時と出会った公園を通り抜けていたら、空からの飛来物に土方は気付いた。
銀時のコウモリ突撃に慣れていた土方は、ほぼ無意識にその飛来物を叩き落としたのだ。
ハッと気付いて地面にべしゃりと落ちたものを見れば、それは土方がこよなく愛するコウモリ姿の銀時と酷似していた。
「え、銀時か?」
この辺では、あまりコウモリは見かけない。
だから本当に銀時を叩き落としたのかと軽く焦って、地面で潰れている物体を拾い上げた。
「違う…。ただのコウモリか」
手のひらに乗せたコウモリには、銀時のトレードマークである額に一房だけ生えた銀毛が無かった。うっとりするような黒い毛並は似ていたけれど。
罪の無いコウモリに酷いことをしてしまったと顔を曇らせた土方は、気絶しているのを放置する訳にもいかず、連れ帰った。
「という訳だ」
簡単にあらましを伝えれば、銀時はやっぱり苦虫を噛み潰したような顔をした。
「捨ててきなさい」
「いや、何でだよ」
「いやいや、ていうか、え?俺とソイツを間違えた?全然似てねーだろ!」
「コウモリなんてどれも似たようなモンだろーが!!」
「そこは土方の愛で何とか!」
「ンなモンねーよ!!」
バッサリ斬り捨てれば、銀時は胸を押さえて、よよよと泣き崩れる。
「やっぱり俺のことなんてコウモリ姿の時しか愛してなかったのね…!!」
「う…」
「いや、否定しろやソコは」
銀時の寸劇に思わず言葉に詰まってしまい、冷めた視線を送られた。
実際、コウモリ姿の銀時と、他のコウモリを見分けるのは難しい。
だって、コウモリ姿の銀時は、まんまコウモリなのだ。
額に生えた一房の銀毛が無ければ、きっと喋り出すまで分からない。
そして、実は可愛いものが好きな土方は、コウモリ姿の銀時を愛してやまない。
言葉に詰まるのも仕方ないくらいに。
人間の姿を取った銀時は、何だか気持ちがそわそわして落ち着かないから苦手だった。
今も人型を取っている銀時が顔を近づけてくるから、土方は無意識に身体を引いていた。
「ちょ、離れろ」
「あ?何で…」
不審顔で土方を見ていた銀時の目線が、ふと土方の手のひらに落ちる。
と、同時に、手のひらに乗っていたコウモリが、もぞもぞと動き出した。
「あ、」
「よし土方、今のうちにもう一発食らわせろ」
「何でだ!」
「痛った!!」
もう一度気絶させろと言う銀時の足を、土方は容赦なく蹴った。
その間にも、コウモリは覚醒していく。
ほや、と顔を上げたふわふわの物体は、土方の顔を見た瞬間、目を見開いた。しかし、片方の目は開かず、隻眼なのだと知れる。
「起きたか?大丈夫…」
「メシ!!」
「うわッ!?」
目覚めるなり、くわっと可愛らしい牙を剥いて飛び掛かってきたコウモリを、土方はまた反射的に叩き落とした。
床に落ちたコウモリは、今度は気絶せずに、むくりと起き上がる。
そして、
「メシー!!」
めげずに土方へ突進した。
べしッ
が、やはり叩き落とされた。
突進しては叩き落とされるを何度か繰り返し、コウモリが床で虫の息になった頃、土方は神妙な顔をして銀時を見た。
「……コイツ、馬鹿なのか?」
「いや、うん。なんつーか、居た堪れないからその目やめてくれる?」
冷ややかな視線を送れば気まずそうに目を逸らす銀時に、やはり知り合いなのだと土方は確信する。
「知り合いなら何で捨てて来いとか言うんだよテメーは」
「だってソイツと関わるとロクなこと無ーんだもん」
「もん、てお前…」
呆れたように銀時を一瞥し、土方はピクピク痙攣しているコウモリを拾い上げた。
アレ、ちょっとヤり過ぎた?
詫びの代わりに、そっと頭を撫でてやると、コウモリは細く目を開ける。
「大丈夫か?」
「う、メシ…」
「まだ言うか」
「血ィ寄越せ〜」
ヘロヘロになりながらも食欲旺盛な様子を見せるコウモリが要求したモノに、やはり銀時と同じく吸血鬼なのだと分かった。
あまりにも必死な様子で血をねだるコウモリに、土方は一つ溜め息をつくと、コウモリを自分の首に近づけた。
「え、ちょ、土方!?」
「んだよ?」
「上げちゃうの!?」
「別にちょっとくらい良いだろーが」
土方としては、人命救助くらいの気持ちだったのだが、銀時の真剣な表情に少し戸惑う。
どうしようかと思考を巡らせている間に、首筋から香る血の匂いに誘われたコウモリが、くわりと牙を剥く。
「あ、ちょっと待っ…」
「…食えねェ!!」
ちょっと待てと制止を掛ける前に、コウモリが悔しそうに土方の手のひらを叩いた。
食えない?
「オイコラ待て高杉。土方の血が食えないってどういうことだ」
「うっせェ!!…って、何でテメェがここにいやがる銀時!!」
「最初っからいたわ!!ここは俺ん家だっつの!てか、テメーこそ何でここにいんだよ!?寒いの嫌だとか言って南に行ったんじゃなかったのか!?」
「…南は、殺人光線だらけだ。行ったら死ぬぞ」
「……南に行けば陽射しが強くなんのは当たり前だろうがバカ杉」
「バカじゃねェ!!」
耳のすぐ近くでぎゃんぎゃん吠えるコウモリは、高杉と言うらしい。
小さいくせに声量の大きい高杉に眉をひそめながら、土方は口を開いた。
「オイ、さっきまで散々狙っておきながら、食えねェってどういうことだ?」
首筋から手を遠ざけ、向かい合って聞けば、高杉はぴくっと身体を揺らす。
「テメェの所為だよ!テメーが俺のこと容赦なく叩き落としやがるから、トラウマになっちまったんだよ!!」
どうやら、度重なる突進しては叩き落とされるという痛みが、土方の血を吸おうとすると痛いという刷り込みに変わってしまったらしい。
土方の首筋に牙を立てようとした瞬間、痛みの記憶が蘇り、高杉は血を吸えない。
「でも旨そうな匂いがすんだよチクショウ…」
土方の手のひらで、高杉は項垂れる。
コウモリ姿でやられると、とてつもなく可愛くて、土方はうっかりキュンとした。
一方銀時は、心底呆れた顔をしている。
「どんだけ繊細だよお前?」
「うるせェ!デリケートって言え!!」
「一緒じゃねーか」
日本語を英語に言い換えただけで全く意味が無いのに、本人はそれで満足らしい。
オツム足りないんだろうか、このコウモリ。
キィキィと銀時に喚いている様子が可愛くて、土方はちょっとした悪戯心で手のひらのコウモリを、指先で突付いた。
「あうっ。何すんだテメェ!」
転けた!
手のひらにコロンとひっくり返った高杉に、土方は目を輝かせる。
「な、なぁ、銀時。コイツ飼っても…」
「ダメ。そんなキラキラしたお前の顔初めて見たけどダメ」
「何で」
「あのな。今はコウモリだけど、ソイツも人型になるからね?」
「え、そうなのか?」
喋るコウモリのままじゃないと知って、如何にも残念という顔をする土方に、銀時は大きく頷いた。
「今は腹減ってっから、コウモリ姿しか取れねーけど、腹が膨れれば可愛くねェ人型になるんだぞ。ホラ、捨てるなら今のうちだって」
「…だからって今にも死にそうなの放り出せねーだろ」
ぺしょん、と手のひらの上で潰れている高杉を見て、土方は言う。
人差し指で身体を撫でてやれば、土方の体内を流れる血に反応してか、高杉がぴくりと動いた。
そして、一旦牙を剥くが、やはりトラウマが蘇るのか、プルプル震えて断念する。
その一連の動作が可愛くて何度もやりたくなるが、流石に瀕死の小動物にそれは可哀想なので、土方はぐっと我慢した。
「うぅ…。血ィ…。血ィ寄越せ〜…」
「…………」
必死に血を求める高杉が不憫になった土方は、キッチンへ足を向ける。
「土方?」
怪訝そうに土方の名を呼ぶ銀時に、すぐ戻ると片手を振る。
キッチンで目的の物を見つけた土方は、銀時の所まで戻ると、小皿を銀時に持たせた。
土方の手には、果物ナイフが握られている。
銀時のもう片方の手に高杉を乗せ、土方は果物ナイフを指先に当てた。
そこまで見て、土方が何をしようとしているか気付いた銀時は、殴られたような衝撃を受ける。
「ちょ、本当にやっちまうのか!?」
「だから、人命…じゃねーけど、救助だって」
「なら、他の人間の血だっていいじゃねーか!」
「探してる間に死んじまうかもしれないだろ」
「だからって、土方がやるこた…」
「…煩い。コイツにやったら全部無くなっちまう訳でもねーだろうが」
ナイフの切っ先を銀時の顔面に突き付けて、土方は鋭い視線を送った。
その迫力に負けて、銀時は押し黙る。
負けたのは、自分でもみみっちいことを言っている自覚があるからだ。
ほんの少し。ほんの少しだけやればいいのだ。
高杉が体力を取り戻して、自分で食餌に行けるようにしてやればいい。
そう思うのに、土方の血を自分以外の誰かに与えて欲しくなかった。
お前の血は俺のモンじゃねーのか。
思わずそんなことを口走りそうになり、銀時はぞっとした。
まるで土方を餌としか見ていないようなセリフ。
言ったら、タダじゃ済まないだろう。
下手すれば見限られる。
それでも、土方は爪の先から血に至るまで自分のものだという思いがあって、自分でも恐ろしいほどの独占欲に吐き気がした。
例え高杉に血をやっても、栄養のあるもの食べて睡眠を取れば、新しい血液が作り出されることは分かっている。
けれど、理屈ではない部分が納得してくれないのだ。
口を開くのはやめたものの、銀時は顔に不満を思いきり出す。
いっそ手のひらにいる高杉を外へ放り投げようかとも思ったが、土方の不興を買うだけになりそうなので、思いとどまった。