宝物

□甲斐甲斐しい貴方に
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その日の土方は荒れていた。
上司の犯罪スレスレのストーカー行為だとか、それの回収だとか、部下の本気の嫌がらせに、隠す気配のないサボり。
いつも通りなはずなのに、否、いつも通りだからこそ、溜まりに溜まって堪忍袋の緒が切れたというべきか。

そんな土方は気晴らしにと、昼過ぎから仕事を放り出して街へ足を運んだ。
しかし、世間は日曜日という休日。
どこもかしこも人でいっぱい。
こんなことなら屯所に居れば良かったと後悔しても、半分ボイコットをしている土方にそんなことは出来なかった。


「(こういう時は万事屋と大喧嘩でもしてスッキリしたいもんだ……)」


心の中でそんなことを思い、そのことに自覚した途端慌てて打ち消した。


「(いや、ないない! あいつと喧嘩してもスッキリなんかしねぇし! イラつくだけだし! つーかこんなん、ただ会いたいみてぇ、な……っ)」


辿り着いてしまった一つの結論に土方は人目を気にせず立ち止まり頭を振った。


「ありえねぇ……」


自分の思考が。
そう呟いて人の少なくなったいつもの定食屋に入った。

今から飲むつもりだったから、端の方に座らせてもらい、酒を頼む。
珍しいですねぇ、なんて言って笑う親父にこちらも笑って躱し、手酌で酒を煽る。


「(こうなったら飲みまくって忘れてやる、何もかも!)」


――――


フラリ、フラリ、千鳥足で歩く土方は、普段の『鬼の副長』と恐れられる姿とは程遠い酔っ払いだった。
まだ飲むつもりだった土方だが、夕飯の時間帯になり店が繁盛してきたので、自ら退いたのだ。
飲めるならどこでも一緒だと、はしごするために別の店を探す。


「多串くん?」


覚束無い足取りで歩いていれば、目の前から歩いてきたのは銀髪パーマが目立つ男だった。


「なに、なんでもう酔ってんの?」


今から飲み始める人間が多い中ですでに酔い潰れる程に飲んでいるであろう土方に疑問を投げ掛ける。


「あぁ? 俺ァ、酔ってなんか、にゃいっ」

「いや、酔ってるだろォォォ!!」


フラフラした足取りに据わっている目で酔っていることが一目瞭然なのに、更に語尾が舌足らずになった土方に思わず叫ぶ。


「っう……」

「えっ? 大丈夫かよおい……」


銀時の叫びが頭に響き、抱えるようにして手を当てた土方は顔を顰めた。
そんな今にも崩れ落ちてしまいそうな土方の側に行き、肩を抱いた銀時は心配そうに顔を覗き込む。


「お前、今日もう帰った方がよくね?」

「……まだ、飲む……。付き合え万事屋ぁ」


背中を擦りながら帰宅を促せば、嫌がるように首を横に振り、更にはその酒に付き合えという土方に、今度は銀時が頭を抱える。
すでに泥酔しきっているのに、何をまだ飲みたがるのか、銀時には分からなくてどうしようもなくなる。


「え、ちょ、おいっ!」


そんなことを考えていれば、土方は次の店を探しながら銀時を引っ張って歩き出した。
しかし、それも僅か数歩で止まってしまう。


「……きもちわりぃ……はく……」

「はぁっ!? ちょ、おま、待て、まだ吐くな! 我慢してちょっとだけ歩け!」


突然嘔吐を訴えだした土方に引っ張られていた銀時が路地裏に誘導する。
口に手を当てて我慢する土方は顔面蒼白だ。


「ほら、ここなら吐いていいから」


しゃがむと同時に嘔吐した土方の背中を撫でながら銀時はどうしたものかと考える。
こんな状態の土方を放っておくわけにもいかないが、ここから屯所まで帰るには少しばかり距離がある。
うちに連れて帰るか……。


「着物も汚れちまってるしな」


吐瀉物が跳ねて着物の裾を汚してしまっている。
すぐに洗えば落ちるだろうと、吐き終わって幾分かすっきりした顔をしている土方の手を取り万事屋へ向かった。


「はい、じゃあちょっと着物脱いで」

「……ん」


やはりまだ酔いが回っている土方は言われたままに帯を外し着物を脱いだ。
あっという間に下着一枚になってしまった土方に焦って、銀時は自分の着ていた着物を脱ぎ、差し出していた。


「あ、洗うから、これ、代わりに着といて! んで、布団使っていいから、お前もう寝とけ!」


土方の着物を受け取り、自分の着物を素早く土方に着させて脱衣場から追い出す。
フラフラと土方が出ていく後ろ姿を見届けてから、銀時は洗面台に手を置いて項垂れた。


「はぁぁぁ……」


危なかった……、と銀時は心底疲れたような声を出した。
それと同時に、やはり連れて来るんじゃなかったと後悔した。

今日は神楽もいない。
土方のおかげで酒を飲めなかったけれど、素面だからこそ好きな奴と二人、屋根の下はつらい……。

寝不足決定だなこりゃ、と銀時は手にした着物を持ち直して思った。
とりあえず洗ってからどうするか決めよう。
今日ぐらいならソファーで寝ても支障ねぇだろうし。
しかし銀時の思惑は大きく外れることとなる。


――――


「あれ、まだ起きてたの?」


着物を洗い終わって干した後、応接間に行けば土方がソファーに座ってぼんやりしていた。


「酒……」

「まだ飲む気かお前は……」


ドサリと土方と対面になるようにソファーに腰を降ろして、早く寝ろと催促する。


「万事屋、まだ飲んでねぇだろ……」

「誰かさんのせいでな」

「だから付き合ってやるって、言って……ん、だ……」

「……多串くん?」


静かに話していた土方はやがて声に力がなくなり眠ってしまった。


「ったく、何が付き合ってやる、だ。眠いの我慢して何を言ってんだか」


よいしょ、と言いながら土方を抱き上げ布団に運ぶ。
恐らく、また意地の張り合いでもしていたのだろう。
俺が居る手前、簡単に寝るわけにはいかないとでも思ってたのかね、と銀時は考えつつ土方を布団に降ろした。


「ん……ぎんと、き……?」


降ろした衝撃でまだ眠りの浅かった土方は目を覚ましてしまう。
そしてそれと同時に緩い着付けをしていた着物の胸元がはだけた。


「っ……! わり、寝てていいから」


今まで『万事屋』としか呼ばれたことがなかったのに、いきなり『銀時』と呼ばれて目を見開く。
慌てて着物の合わせ目を深く合わし、掛け布団を被せ寝るように促すが、土方は寝惚けているのか起き上がり抱き付いてきた。


「ぎんとき……好き、だ」

「……へ?」


予想外の言葉に銀時が固まれば、土方もまたその空気を察した。


「あ、俺、今なにを……っ!」


ポカンとしている銀時に土方は己の口走ったことの重大さに気付く。
一気に覚醒したのと同時に、スッと血の気の引く感覚が身体中に感じ、土方は先程までまだ酔いが回っていたことを自覚した。


「ひじ、かた……今のって……」

「っ、忘れろっ!」


告白、と続いたであろう言葉を遮り土方は立ち上がって出ていこうとする。
土方が出ていく、それはダメだ、と銀時は擦れ違い様に真横を通った手を咄嗟に掴んだ。


「っ、」

「待って」

「はな、せ……」


弱々しい声と同様に、手を振り払おうとする力も弱かった。


「土方、それ本気?」

「…………」


握った手から土方の身体が震えたのが伝わり、それだけで土方のことが分かってしまう銀時は、一人苦笑した。

対して土方はその銀時の苦笑にまた身体を強張らせていた。
男が男を好きだなんて、決して簡単に受け入れられるものではないことは分かっている。
だからといってバッサリ切れる程銀時は冷たくはないのを知っている。
土方はただ俯いて銀時の出方を待った。


「なぁ、土方。俺はその告白に、返事をしてもいいの?」


僅かに期待を孕ませた銀時の声。
土方はもうフラれても悔いはないと、ほんの少しだけ首を縦に振った。


「俺は、」


目をギュッと瞑って銀時の言葉を待つ。
銀時もまた、ゆっくりと、一つ一つ丁寧に言葉を紡いでいく。


「俺も、土方が、好き。一目見た時から、実は惚れてた」


好きだよ、ともう一度確かめるように言われた瞬間、土方は振り返り銀時を見て顔を歪めた。


「ほんとう、に……?」


今にも泣き出しそうな顔をする土方に銀時は微笑んで頷いた。
そして握っていた手を引いて土方を抱き寄せる。


「本当だよ。土方が好きだ。ずっと前から……」

「っおれ、もっ……ぎんときが、すきだ……!」


銀時が抱き締めれば土方も同じ力で抱き付いて寄り添った。


「これからは非番の日とか一緒に飲もうな?」

「……あぁ」

「ちゃんと連絡しろよ?」

「……ん」

「……ゆっくり休みな」


おやすみ、と安心したのか再び眠気に襲われた土方に銀時が声を掛ける。
それを境目に土方は意識が途切れた。
銀時は土方を抱き締めたままそっと横になり、早いけれど自分も寝てしまおうと目を閉じた。

起きた時の土方の反応を楽しみにしながら……。




end.

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