キミが唄う、ボクが笑う

□episode1
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お前に出逢えて、倖せ、だったよ―――…


















何かの拍子にスイッチが入り、気がつけばそこに『彼』はいた。
身体中に響く機械音と共に重たい瞼を上げて見えたそこは、大小様々なガラクタがあちこちに転がっている荒地だった。
大きな山、小さな山、流れ出た古いオイルの匂い。人気のない、いわゆる廃棄場と呼ばれる場所だった。
人間たちが『不要物』というレッテルを貼った遺産の墓場。
ひどく淋しく、哀しく、切ない場所に『彼』はいた。
薄汚れた布きれ一枚で包まれた身体は他の廃棄物同様、あちこちに汚れや細かい傷が見られる。
何故こんな所にいるのか。何故こんなに汚れているのか。
自分は、一体、何者なのか。
目覚める前の記憶は何も残っていなかった。おそらくどこか故障したのか、あるいは誰かが消去したのだろう。
どれだけ中枢回路を検索したところで何も検出されることはなく、エラーという文字だけがチカチカと映し出される。
自身に関する情報は何一つ持っていない。それでも、ただ、分かることは。
自分はもう、『イラナイモノ』なんだということ。
廃棄物に紛れて置き去りにされた自分は、もう二度と誰かに必要とされることはないということ。
それだけが、『彼』の、『彼』に対する認識だった。



幾度の夜を越えただろう。
『彼』が目を開けると、そこにはいつもの景色が広がっていた。
色のない世界。切り取られた静かな空間。
風の音だけが聞こえる。

(…つまんねェ)

背後の廃棄物に体重を預けて空を見上げた。鉛色の空からは今にも雨が降り出しそうだ。

(なんかねーかな)

手元の小さなゴミの山に手を突っ込んで探ってみても、手に触れるのは錆びた金属片や、何の用途で作られたものか分からないものばかり。
拾い上げた小さな螺子を思いきり投げると、綺麗な放物線を描いたそれは、遠くの方でカーン…と音をたてた。
乾いた音を、目を閉じて聴く。同時に低い機械音が『彼』の頭の中を支配する。

(早く、)

ぼんやりと、思う、

(早く、止まんねェかな)

ささやかな、願い。
何のために再び電源が入ったのだろう。
その意味も見つけられずに過ごすは、同じ光景、同じ時間。
どうして棄てられたのかは分からないが、どうせならバラバラに壊すなり回路を切断するなりしてから棄てられたかった。
そうすれば、こんな、虚しい思いもしなかった、のに。
一人でここにいるのは、淋しすぎるから。
自ら電源をおとすことを許さないプログラムが恨めしく、『彼』はただ静かに時を待っていた。

早く、全身が錆び付いて、腐食して、機械音が止まって…
このまま目を閉じてずっと待っていれば、きっと、



―――ガシャン

「……?」

小さく、何かが崩れ落ちる音がした。『彼』は閉じていた目を開け素早く辺りを見回したが、特に変わった様子はなく、いつも通り廃棄物の山があちこちに見えるだけだった。
おおかた、山が少し崩れたのだろう。
そう思い、再び目を閉じようとした時。

――ガシャ、ガチャン、ガラガラ…

今度は先程よりも大きな音が聞こえた。完全に崩れたのかと耳を澄ますが、未だに音は鳴り止まない。
音はしばらく続き、一旦止んではまた聞こえてくる。まるで何かを探すかのように響く音。おまけに、

――サクッサクッザッ

次第に近づいてくる小さな足音。

(人間、か?)

野良犬とは違う、確かな足取りをたたえるそれは、この場所では聞いたことのないものだった。
こんな何もない所に人間が何をしに来たのか。
少しだけ興味を惹かれたが、しかし『彼』はすぐにどうでもいいと、浮かせかけた腰を下ろした。

(どうせどっかのゴロツキが金目のもんでも探してんだろ。ごくろーなこって)

(生憎ここにゃ何もねーけどな)

(あぁ、でも、どうせならその腹いせとかで、)

(俺のこと、壊してってくんねェかな)

もう何度目かになるその考えに、随分と悲観的なものだと自嘲する。
やられっぱなしになるのは何だか癪だが、そんなことは今更どうでもいい。
はて、自分はこうもネガティブだったかと思うが、考えたところで昔の記憶など何ひとつとして残っていない。自分のデータすら見つけられねェなんてな、と。
もう、何もかもが面倒だ。
本当に、こんな『イラナイモノ』、壊れてしまえばいいのに。

――ザッザッザッ…

ほら、早く、

――ガチャ、ガシャ

壊してくれ―――






「ぅわっ!!?」
「!?」

いよいよ近づいた人の気配に、どんなヤツか確かめようと顔を上げ、じっと見つめた数メートル先のゴミの山の向こう。
予想に反してそこから現れたのは、果たして、年端もいかない少年であった。

「な、え、ヒト…?」
「……」
「え、と…あ、アンタ、誰だ、そんな所で何してんだ…?」

あからさまに警戒の色を浮かべながら少年は『彼』を見た。
『彼』も予想外の来訪者に言葉が出ず、ただ黙って少年を見つめていた。
薄汚れたボロボロの服。
服から除く肌は白く、しかし痩せた身体は同じ年頃の子供よりも幾分細すぎるように見える。
耳あての付いた帽子から除く漆黒の髪は、砂や埃ですっかりくすんでしまっている。
お世辞にも綺麗な姿とは言えないその少年の手には、袋が握られていた。

「それ」
「は?」
「その袋。何か探してたのか?」

地面を這っている袋を指して『彼』は少年に尋ねた。少年はぎゅっと袋の口を握り締め、『彼』の様子を伺うように口を開いた。

「き、金属集めてんだよ。まだ使えるやつは金になるから…」
「ふーん…じゃあさっきの音はオメーか」
「な、何がだよ」
「いや、何でもねェよ…オメー、ひとりか?」
「……」
「…そっか」

僅かに瞳を揺らして少年はかたく口を結び、何かを耐えるようにうつ向いた。前髪の陰から見え隠れする表情は暗い。身なりからして、やはりこの少年には頼るべき大人がいないのだと、『彼』は目を細めた。
一人。独り。
必要とされない、ひとり。

「…俺とおんなじだな…」「え…?」

するりと。言葉が口から滑り落ちた。小さな小さな声だったが、静かなここでは『彼』の言葉はやけに大きく響いた。
少年が顔を上げる。

「俺も、ひとりだ」
「…ひと、り?」
「そ。俺にゃ、なんにもねェ」
「にーちゃんは…何でここにいるんだ…?」



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