OASIS

□序曲
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晴々とした美しい朝だった。空には雲の無い、いわゆる快晴。太陽も次第にその美しい姿を見せ始め、爽やかな空気が世界を包んでいた。小さなアパートのとある一室に一人で住んでいる米倉護は、今日も目覚まし時計の設定時刻よりも1分早く目覚めていた。起きるとまずベランダにでて朝の空気を深呼吸するのが日課となっている。2年も続けると、その日ごとに違う空気の「味」を理解出来るようになり、朝の目覚めも二日酔いしない限り清々しいものになった。頭の回転が標準に達すると顔を洗って、トーストを焼いて、玄関に入れられてる新聞を取りに行った。この一連の行動も定着づいた米倉の日課だ。そして椅子に腰掛け、丸まった新聞を開いた。新聞は情報の宝庫だ。リアルタイムでない、不便といって新聞を読まない人が増えているのは全く嘆かわしいことだ。そう思って今日の朝刊の表紙を早速読んでいると原子力発電時に発生する放射能汚染物質の地層処分問題のことが書かれていた。数年前から言われ続けている問題だが、なかなか解決の糸口が見出だせない難しい問題だ。しかし、原子力発電所で働く米倉にとって、これはどうしても解決しないといけない問題だと思った。首都圏や近郊の都市では高層ビルや新たな複合施設、住宅などにより、ますます電力が求められている。しかし火力発電は温暖化防止対策の為、これ以上数を増やす訳にはいかず、まだ環境エネルギーを低コストで開発するのにはまだまだ資金と技術が足りない。そこで政府で検討されたのが原子力発電だ。設備投資こそ莫大な資金が掛かるもの、小規模の原料で大量の電力を生み出せる原子力発電は魅力的なものだった。問題は日本国民の核に対するアレルギーだった。唯一の被爆国である日本は、自分の住む街の近くに原子力発電所が造られる計画がたてば、安全な暮らしが壊れると言って署名運動で阻止する。自分勝手に電力は次々に求めるのに、原子力発電所を造ることを拒む。矛盾だらけだと米倉は毒つく。文句があるなら電気を使うな、と仲間同士で言い合っている。しかし流石に政府はそんなことを言えない。そこで考え出されたのが、沖合に原子力発電所を造る計画だ。沿岸なら誰も文句はいってこない。だから沖合に新たな人工島を埋め立てて造り、その敷地に原子力発電所を建設したのだ。稼動日には多くの報道陣が押し寄せた。どんな構造か、危険性はないのか、常にメディアを賑わせていた。だが稼動から三か月もたてば、そんなことも無くなった。しばらく稼動して安全だと判断されれば国民もメディアもすぐ黙る。自分の周りのこと以外は興味がないのだ。こうして米倉の勤める原子力発電所が誕生したのだ。米倉の住むアパートとの距離は車で約40分。人工島とはいえ、長い陸路で繋がっている。乗換え無しで一気に行けるので、個人的に理想的な職場に就けたと自負している。ぼやいてもしょうがない、今日も気合い入れて仕事するかと思ったとき、チンッ!っという耳障りな音をだし、トーストがトースターから飛び出てきた。こんがりときつね色に焼き上がったトーストからは香ばしい香りが漂う。これも朝の楽しみである。マーガリンとマーマレードを塗ったパンは黄金色に輝き、米倉は暫くは食欲を満たすことと小さな楽しみを貪ることに専念した。
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