英雄たち

□白い霧
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春と呼ぶにはまだ肌寒い2月末、寝静まる町の中を一台のトラックが走っている。運転手は町のシンボルである遊園地、HappyTawnを横目に眺める。早朝の遊園地とはなんと物静かなのだろう。奥の方に見えるホテルだけが、ライトを灯して眠りについていないことを主張する。トラックを運転している男は、ホテルを見て一つ、時計を確認してまた一つため息を落とす。

「やっべぇなあ」

目的地まではあと1時間はかかる。
ホテルに商品を納品するのは2時間後だ。
飛ばしても間に合うかどうか。

「しゃーねえ、裏道から行くか」

男はボサボサの頭を掻きむしって考えていたが、やがて決断を下し、ハンドルを切る。

「まあ、なんとか間に合うだろ」

トラックは今まで走っていた線路沿いの大通りから方向を変え、細い路地に入っていった。


並走するように走っていたトラックが、反対側の路地に入っていくのを電車の窓越しに見ていた男がいた。荷台に書かれた「大石農場」の文字に、この男もためいきをつく。

「あいつ、また遅刻か」

神経質そうに眉をひそめ、メガネをくいっと直す。
見たところ学者のように見受けられる男だったが、職業はコックだった。なかなかの腕で、コック長から直々に仕事を任されている。
見送ったトラックは彼の勤め先に食材を納品する男のものだった。しかしこの時間、ここを走っていたのでは納品の時間に間に合わない。電車は男の目的地に到着した。改札を出てすぐに、遊園地の外壁が目に入る。
男は正面ゲートではなく裏口から入り、遊園地の奥にそびえるホテルへ向かった。
今日の仕事に遅れが出るかもしれない、と考えると、メガネの男は気分を害した。どんよりとした雲のおかげで、彼の嫌いな太陽光が弱まっているのが唯一の救いだ。


「まいったなあ」

ぽつぽつと降り出した雨のなか、さほど困ってなさそうに男がつぶやいた。
傘を持っていないらしく、出てきたゲームセンターの前で立ち尽くす。
遊園地内にはビニール傘を販売しているショップはなかった。
ファンシーグッズショップや博物館、クレープ屋、そういった店舗しか無いのだ。
もちろん、男が出てきたゲームセンターにも、傘は売っていない。

正面ゲートを出て向かいの道にコンビニがある。
多少濡れてしまうが、そこまで走っていって、ビニール傘でも買って帰ろうか、と思案していたところ。

「あの、コレ良かったらどうぞ。」

ふいに話しかけられ思案をやめる。
制服から察するにこの近辺の中学生だろうか、長い髪をふたつに結った少女が傘を差し出した。
目がきりっとしていて、活発そうな子だった。

「使っていいの?」

「はい。私は友達と一緒に使いますから。」

少女の見やるほうに、同じ制服を着たセミロングヘアーの少女がいた。
傘を差し出した少女と違い、大人しそうな子だ。
少女は男の視線に気づくと、慌てて目をそらした。

それならご好意に甘えよう、と、男は礼を述べて傘を受け取った。


「杏って、さっきの傘の人みたいなのがタイプなの?」

ツインテールの少女に杏と呼ばれた少女は、友達の問いかけに顔を染める。

「ち、違うよ!困ってたから助けようって思っただけ!」

「なら、別に杏が貸しにいっても良かったのに。」

杏はプリクラの写真に落書きをしていた手を止めて、弁解する。

「なんかそういうの恥ずかしいじゃん。私人見知りだし、花鳥みたくハキハキ話せないし、無理。」

「もう、そんなんでほんとに大丈夫?」

花鳥は、画面に映る杏の頭上に「面接ファイト!」とピンクのペンで書き終えたところだった。
親友の言葉に、杏は落ち込んだように顔をうつむけた。

「ああ、ゴメン!ほら、そんな顔しないでよ、健二のために頑張るんでしょ!」

「健二」というキーワードを耳にしたとたん、杏はパッと顔を上げ、

「そう!健二に会うために頑張る!頑張るんだから!」

と、自分を盛り上げるように声を張り上げ、右手をボクサーのように繰り出した。
杏の無邪気な様子に、花鳥もほっとした顔でニッコリ微笑んだ。

「そうそうその意気!頑張れ杏!」

「うんっ!!」
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