短編
□溢れる気持ち
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「ご馳走様でした。うまかったよ、ありがとな」
「ん。ほら、薬」
田島達が弁当を平らげる隣で泉お手製のうどんをじっくりゆっくり味わった後、泉にお礼を言うと、泉は照れ臭いのかぶっきらぼうに風邪薬を投げて寄越す。
そんな態度に可愛いなぁ、と胸が弾む。
熱はまだ下がっていないけれど、さっきまでより断然調子がいいのはもしかしなくても泉たちが居てくれるからだろう。
「一人じゃないっていいなぁ」
思わず小さくぽつりと呟くと、薬を胃に流し込む。
田島達も既に弁当は食べ終わっていて、珍しいことに皿を洗ってくれている。
大丈夫か少し心配ではあるが、気遣ってくれているのがわかって、なんだかくすぐったいような、嬉しい気持ちになる。
「まだ熱あるんだろ?あとやっとくから寝てろよ」
「…なんか、泉が優しいの変な感じだな」
布団に潜り込みながら笑うと、泉の眉間に軽くしわが寄る。
満腹になったせいか、横になった途端眠気が襲ってくる。
「俺だって病人になんかさせるほど鬼じゃねェし」
「あはは。…ホントは泉は優しいもんな」
流しから聞こえてくるカチャカチャと皿がぶつかる音。
久々に聞く、家庭の音だ。
自分以外の誰かがいる空間がとても安心できて、意識がだんだん落ちていく。
「俺、泉のそーゆーとこ…好きだな」
夢と現実の狭間で、その言葉が泉に届いたのかはわからない。
それを確かめる前に、意識は暗く、温かな闇に落ちて行った。
次に目が覚めたのは、夕日が瞼を通して目に入って来た時だった。
意識はぼんやりとしているが、体の怠さはもう殆ど残っていない。
田島たちは帰ったのか、家の中は静まりかえっている。
体を起こそうとした時、自分の隣に誰かがいるのに気がついた。
「お、目ぇ覚めたか」
「いず…み?」
漫画を読んでいたのか、泉はゴソッと動く音に気付いて振り返った。
まだ練習着のままということは、かれこれ5時間近くここにいたことになる。
「田島たちは帰ったぞ」
「え…と、泉はなんでここに?」
てっきりもう帰ったかと思った、と呟けば、泉は一瞬キョトンとした表情を浮かべると、突然慌てたように視線をさ迷わせる。
「俺が帰ったら、い、家の鍵とか開けっ放しになるし!それに…」
「それに?」
言いにくいのか、泉は俯いて黙ってしまう。
それでも泉が言い出すのをジッと待っていれば、泉はぽつりと呟いた。
「お前が…一人じゃないのはいいって、言ってたから…」
そう呟くと、泉は俯いたまま押し黙ってしまった。
しかしそれは今の自分にとっては非常にありがたいことだった。
なにしろ、今、熱があった時以上に顔が熱いからだ。
その理由はもちろん、喜びから。
見舞いに来てくれただけじゃなく、自分が呟いた一言で、5時間もずっと傍にいてくれた。
それは、少なからず自分を気にしていてくれているからに他ならない。ということは、少しは期待してもいいのだろうか。
でも、泉は優しいから、もしかしたらその行為は優しさの延長かもしれない。
どうしてももう一歩進めない自分の心に、ため息をつきたくなってしまう。
「は、浜田!」
「え、な、なに?」
ぐるぐるとまた考え込んでいると、突然泉が勢いよく顔を上げた。
その勢いに驚いて思わず体を引いてしまったが、泉がなにか深刻そうな表情をしていたため、少し心配になって、泉の言葉を待つ。
「あの…さ、寝る前に言ったこと、本当か?」
「寝る前?」
「俺の…その、や、優しいとこ…好きだって……」
段々小さくなっていく泉の言葉に耳を傾けながら、自分が眠る前に言った言葉を思い出した。
寝ぼけながらの言葉だったため、それが自分の心で思ったことなのか実際に口に出したのかわかっていなかったが、どうやら自分ははっきりと口に出してしまっていたらしい。
また俯いてしまった泉の頭を凝視しながら、再び頬に集まった熱をどうすればいいのか考えた。
その時、見えてしまった。
「……本当だよ。俺は、」
俯いたその髪の隙間から、真っ赤に染まった耳たぶが。
「泉のこと、好きだよ」
スルリと口から出た言葉は、心の中にストンと落ち着く。
もう怠さもない体が、さらに軽くなった気がする。
なんだか泉に触れたくなって、俯いたその黒い髪に手を伸ばす。
少し固くて、真っすぐな髪は不思議と手によく馴染む。手の平から泉が好きだという感情が溢れ出していくようだ。
「俺も…」
「え?」
髪を撫でるのに気を取られていて、泉の呟きに反応が遅れてしまった。
名残おしさを感じながら手を戻し、俯いた泉の顔を覗き込むように首を傾げる。
「浜田のこと、………好きだ」
手が白くなるほど緊張したのか、泉はギュッと布団の端を握り締めている。
静かな部屋で、ダイレクトに聞こえてきたその言葉は、ずっと欲しかったもの。
これは夢じゃないか、そんな考えが浮かびつつも、頬が緩んでしまう。
突然叶ってしまった願いに、どうすればいいのかわからない。
ただ、白くなった泉の手が痛そうで、思わずそれに自分の手を重ねた。泉は一瞬ビクリと震えたけれど、逃げることはなかった。
「…ありがとう。スゲェ嬉しい」
迷いながら、口を開く。
自分でも、なんて嬉しそうな声だろうと思う。
それでも嬉しすぎて、まだ実感がわかない。
「あの…さ、だ…抱きしめても、いい?」
ポロッと零れた言葉に、自分の欲はどこまで深いのかと痛感する。
欲しい言葉を貰えて、それだけで満足なはずなのに、それが実感出来ないからと心の中で理由をつけてさらに次を求めてしまう。
急ぎすぎたか、と焦りながらも、期待を捨てられず泉を見る。
「…んなこと聞くなよ」
そっぽを向いた泉の言葉はぶっきらぼうだったけれど、それが照れ隠しであることは容易にわかった。
それが可愛くて、愛しくて、自分よりも小さな体を出来るだけ優しく抱きしめる。
触れた箇所から伝わる泉の体温に、ようやく実感がわいてくる。
ホントにホントなんだ。
喜びが胸の中で激しく跳び回っている。
そんな気持ちを落ち着けようと、俺はこっそり大きく息を吸い込んだ。
すると俺の中に泉の匂いが満ちて、それがまた凄く嬉しかった。
溢れる気持ち
THE END
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