短編
□溢れる気持ち
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いつからだろうか。
最初はただ、また野球に関われることが嬉しくて。
そのきっかけをくれた三橋や泉の存在が大切だった。
『感謝』という言葉がピッタリ当て嵌まるような感じ。
けど、グラウンドでボールを追いかける姿や、鬼ごっこではしゃぐ姿。そんな姿を見ているうちに、俺は泉の姿を追っている自分に気が付いた。
三橋のことはもちろん大好きだし、大切だ。
けど、それとは違う感情が泉を視界に入れるたびに胸に溢れ出す。
その感情の名前は知っている。
人としては何の変哲もない感情だ。
けれど、問題はその相手なのだ。
同性に対するには余りにも異質過ぎる感情。
今までにない状況で生まれてしまったその感情を、今の俺は明らかに持て余していた。
異性に対しては冗談でも本気でも口に出しても何らおかしいことはない。けれど、それが同性であれば、その行為は異常以外の何ものでもない。
口に出せば今のこの関係を崩すことは明らかだ。
それが本気であるなら、尚更。
この感情に気付く前に戻れるならば戻りたい。
そう思うと同時に、この感情を手放したくないと思う自分もいる。
気付いてしまえば止められないことも、自分なりによくわかっているのだ。
なら、どうすればいいのだろうか。
ぐるぐると、終わりが見えない思考の迷路に何度陥っただろうか。
言いたいけれど、言えない感情。
言ってしまえば、今の心地良い居場所を失うことになる。
「……はぁー……」
大きなため息が、静かな部屋に響く。
吐く息は熱く、頭はクラクラしている。
熱が出たのは昨日、金曜日の夕方。
季節の変わり目は風邪を引きやすいと言う。その例に違わず見事に風邪を引いたのは、もしかしたらここ1ヶ月あの思考の迷路をさ迷って、頭を使いすぎたせいかもしれない。いわゆる、知恵熱と呼ばれるものだ。
元々、物事を考え込むのは得意でないということは、自分でもよくわかっている。
わかってはいるが、いざ熱が出ると、どれだけ頭を使い慣れていないんだと情けなくなってしまう。
思わずまたため息を付く。
すると突然ピンポーン、とチャイムが鳴った。
体が怠くて動けずそのまま放っておくと、立て続けにピンポンピンポンと連打で鳴り続ける。
もしかしたらカジとウメかもしれない。
けだるい体を起こすと、緩慢な動作で玄関まで行き、扉を開ける。
「オッス浜田!元気かー!?」
「田島に三橋に、泉?」
ガチャリと開けた扉の向こうに立っていたのは、予想していた人物ではなかった。
「浜ちゃん、だ、大丈夫?」
「……あれ?…お前ら、部活は?」
「今日午前中だけ!」
心配そうな三橋を見て、動きが鈍い頭を傾げる。
すると、田島が片手を上げて元気よくそういった。よく見てみれば、確かに三人とも練習着を着ている。練習が終わって直接来たのだろう。
「昼飯食ったか?」
「い、いや、まだだけど…」
田島と三橋の後ろに立っていた泉が田島を押さえて尋ねる。
無意識にドキッと高鳴る胸を無視して、首を横に振る。
泉はやっぱりな、という顔をすると手に提げていたビニール袋を掲げた。
「うどん。作ってやっから、とりあえず中入れろ」
泉が部屋にいる。
それ自体は今までも何度かあるのだが、この気持ちに気付いてからは初めてのことだ。しかもキッチンで自分の為に料理を作ってくれているのだ。
これが感動せずにいられるだろうか。
熱に浮かされながらも、キッチンで慣れない料理をたどたどしく作る泉の背中を目に焼き付ける。
「浜田。ポカリ買ってきたけど、飲む?」
「おー、ありがと」
500mlのペットボトルを受け取ると、一口飲む。
冷たいポカリが熱い体に染み渡って気持ちいい。
ふぅ、と一息つくと、ふとあることを思い出した。
「そういや、なんで熱出たってわかったんだ?」
熱が出たのは昨日の夕方。
それからはずっと寝ていたため、田島たちが熱のことを知っているはずがないのだ。
それを不思議に思い首を傾げると、田島がニヤッと笑った。
「昨日浜田体調悪そうだったじゃん?それを泉がずっと気にしてたんだ」
「泉が…?」
その言葉にドキッと心臓が跳ねる。
それが例え友達としての心配だったとしても、嬉しいことに変わりない。
「練習も気ぃ入ってないってモモカンに掴まれてた」
ウシシ、と笑う田島の言葉に思わず緩む頬を隠そうとした時、泉と三橋が完成したうどんを持ってやって来た。