短編

□神が奏でる狂想曲
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この気持ちを伝えた所で、



叶う可能性って何%だと思ってる?







神が奏でる狂想曲








「は、何言ってんの」



思いなしか固い声が出てしまったのはきっと、その言葉が自分にとって辛いものだったからだということはわかっている。

それはずっと欲しかった言葉だったけど、本当に欲しいコトバじゃないんだ。



「なに。どうした?怖い顔して」



不思議そうに首を傾げるお前には、オレの気持ちなんてわかる筈がない。
だって、ずっと隠してきたし、これからも打ち明けるつもりもないんだから。



「別に。つーか、男にスキとか言われても寒いっつーの」



どうせならカワイイ女の子に言われてー、と、精一杯の虚勢を張ってみる。そうでも言わないと、きっとこの笑顔のぎこちなさがバレてしまうから。

一瞬の沈黙の後笑ったお前の顔が、どこか悲しげに見えたのはきっとオレが悲しいからだろう。

オレとお前の『好き』は違う。

お前がくれた『好き』は、オレが求めた『好き』じゃない。



「オレだってカワイー子に好きって言いたいってーの」

「言えばいいじゃねェか」

「……言っても信じてくんねーもん」



作った笑顔の裏で渦巻き始めたどす黒い感情に吐き気がする。

見もしないその女に対しての嫉妬。

ただ、オンナというだけで、それはオレの欲しい場所を奪っていく。

ただ、オトコというだけで、オレはあの場所に立つことを許されない。

神様ってやつは、なんで男と女なんてものを作ったんだ。そんなものがなければ、なんて考えるだけ無駄だとわかっているけれど、オレは神様に文句を言いたい。
もし女と男を造ったんだってんなら、なんでオレのこんな感情まで造ったんだ、と。一体どんな運命管理をしてんだ、と。



切なげに微笑むその俯き加減の顔に手を伸ばしたい気持ちをグッと堪える。
腹の奥に、黒い炎が燻り続ける。



「…お前どんだけ信用ねーの」

「どうなんだろ。真面目なつもりなんだけどな」



不意に上げられた顔から見えた、真剣な瞳。
それに見つめられれば、きっとどんな女だって簡単に落ちてしまうと思う。

現にオレがそうなんだから。



「ふーん。じゃあ、結構言ってんだ?」



その真剣な瞳に捕まる前に慌てて目を逸らして読みかけていた漫画に視線をさ迷わせる。
もともとそんなに集中して読んでいたわけでもないし、今もその内容よりも次に発せられるであろう浜田の言葉に神経を尖らせているので、その視線は紙の上をむやみに行ったり来たりするだけだ。

けれど、いくら待っても返ってこない答えに不思議に思って顔をあげると、同じように不思議そうに首を傾げる浜田の姿がある。



「何を?」

「何をって、…その、好きって」



思わず言いよどんでしまったのは、その言葉から自分の気持ちが伝わってしまうんじゃないかと思ったからだ。

伝わってしまえば、この関係が終わってしまう。
それだけは何としても食い止めなければならない。
たとえこの気持ちが報われなくても、この場所を失ってしまうよりはマシだ。この場所すら失ってしまったら、オレはきっと生きていけないから。



「あー…いや、1回だけ…かな」



ようやく理解したのか、浜田はどこか気まずげに視線を泳がせた。
その視線には、明らかな照れが混じっていて、腹の奥の炎が更に熱を帯びた気がした。



「で、その一回を信じてもらえなかったわけだ?」

「んー。そういうことになんのかな?」



オレに聞くなよ。

思わず怒鳴ってしまいたくなったけれど、ここで怒っても虚しさが増すだけだ。
荒れる心を落ち着かせようと、息を大きく吐き出した。



「ちょ、ため息つくなよなー。俺は真剣なのに」



そんなこと、目を見ればわかる。
あんな瞳に見つめてもらえるその女が心底憎らしいと同時に、とても羨ましい。

俺には絶対に手に入らないモノ。



「…諦めちまえ」

「え?」



思わず零してしまった言葉に我にかえって慌てる。

これではまるっきり嫉妬しているようだ。



「あ、いや、お前にだけカノジョとか出来んの、しゃくだし」



慌ててそう続ければ、浜田は困ったような表情で苦笑した。
もしかしたら呆れられたかも、と背筋に冷や汗が流れる。



「なーんだ。てっきり妬いてくれてんのかと思った」

「なっ!?馬鹿か!だ、誰が妬くかッ!!」



図星をさされて頬に熱が溜まっていく。
こんな時ばかり素直な顔が憎たらしい。



「…そっか。残念」



ふと、小さく笑って視線を落とした浜田の呟きは、あまりにも小さくて慌てていた俺の耳には届かなかった。



「浜田?」

「でも、」



顔を下げてしまった浜田に声をかけたら、勢いよく顔を上げた浜田によってそれは打ち消される。
浜田は何やら区切りを付けたのか、いつもの表情に戻っている。



「やっぱ、諦めらんねーや」



ニコッと、まるで夏の青空のような笑顔で笑うから、オレは浜田の顔を直視できなかった。
下げた視線が滲むのは、きっとその真っすぐな笑顔が眩し過ぎたからだ。

見えないように唇を噛んで小さく息を吸うと、クリアな視界はすぐに戻って来て安心した。



「ハッ。せいぜい当たって砕けてこい」



そうすれば、オレが慰めてやれるから。
そうじゃなきゃ、オレの居場所がなくなってしまうから。



「うん。じゃあ、もう一回だけ言ってみる」



その言葉は、まさにオレにとっての死刑宣告だということを、こいつは知らない。

オレにはこれ以上背中を押すことなんて出来ない。
これ以上、こいつの背中を見送ることなんて出来ないんだ。

ギュッとにぎりしめた漫画の開いたページにシワが寄った。
けれど、そんなことに思考は回らない。ただ、いつ目の前の男が立ち上がるのかという恐怖感だけに身を縮めることしか出来なかった。



「…泉」

「な…んだよ。行かねぇのか?」



今か今かと死刑が執行されるのを待つ身には、この猶予期間は苦しみを長引かせるだけだ。
それならいっそ、さっさと殺してくれと叫びたい。

緊張と悲しみに押し潰されそうな心臓は、ドクドクと耳にその音を響かせて気持ち悪い。

突然立ち上がった浜田を、ついにその時が来たのかと、わかってはいたものの、やはり愕然とした絶望を胸に見上げる。

その決意を秘めた瞳に、こんな時でも見惚れてしまう自分はきっともう末期なんだろう。

ぼんやりとそんな事を考えていたら、浜田はゆっくりと優しく微笑んだ。



「俺は、泉が好きだよ」



嗚呼、神様。

俺の耳はついに壊れてしまったんだろうか。
それとも、あんたは浜田の運命までも造り間違えてしまったんだろうか。



嗚呼、神様。


もしそうだと言うのなら、



俺はあんたのそのミスに、心からの感謝を捧げよう。






END






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