短編

□元気におはよう!
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「おはよーございまーす」



花井先生たちと入れ代わるようにやって来たのは沖一利くんです。
一利くんは少し心配そうな顔でとてとてともも組の西広先生のところへ走ってやって来ました。



「どうしたの?」



西広先生がしゃがんで一利くんのお顔を覗き込みました。
少しの間、一利くんは困ったようにあちこちを見ていましたが、ズボンをギュッと握りしめると西広先生のお顔を真っすぐに見ました。



「あのね、今日ね、みんなで鶴を折ろうってね、しょーじせんせえが昨日言ったんだ」

「うん」

「好きな色のね、折り紙をね、みんなで持って来ようってね、せんせえが言ったんだ」



ぽつりぽつりと話す一利くんの言葉を聞き逃さないように、西広先生は静かに頷きながら一利くんの声に耳を傾けています。



「夜ね、僕、みどり色の折り紙を持って行こうって、用意してたんだよ。…でもね、ぼ、僕ね、持っ、て…くる、のね、」



一利くんは最後まで一生懸命お話しようと頑張りますが、折り紙を忘れてしまったことが悲しくて、泣いてしまいました。
泣きながらしゃべっているせいか、うまくしゃべることができません。西広先生にわかってもらえないかも、と思うと、さらに悲しくてたくさん涙が溢れてきてしまいます。



「折り紙忘れちゃったんだね。でも大丈夫だよ」



ヒックヒックと泣いている一利くんの頭を、西広先生は優しく撫でました。
一利くんは西広先生の言葉に不思議そうに首を傾げています。



「カズ君はみどりが好きなんだよね?」

「うん」



涙をグシグシと袖で拭いながら一利くんは頷きます。



「先生もね、みどりが好きなんだよ。だからみどりの折り紙をたくさん持ってるんだ。その折り紙をカズくんにあげるよ」



西広先生はニッコリと笑います。
一利くんはビックリして涙が止まってしまいました。



「せんせえ、いいの?」

「うん。いいよ。だからね、みどり色の鶴をいっぱい作ってね」



西広先生の言葉に一利くんは嬉しくなってにっこり笑顔になりました。



「うん!せんせえの分もいっぱい作るね!」

「わぁ、それは楽しみだなぁ!」



クスクスと一利くんと西広先生が笑っていると、そこへ不思議そうな顔をした巣山先生がやって来ました。



「なんだなんだ?二人して楽しそうだなぁ」

「しょーじせんせえ!おはよーございます!」



一利くんが元気いっぱいにご挨拶をすると、巣山先生はにっこり笑って一利くんの頭をぽんぽんと撫でてくれました。



「おはようございます。ほら、お部屋に荷物を置いてきな?」

「はぁい!」



かばんを両手で抱えて一利くんはたんぽぽ組の教室へ走っていきました。

すると、玄関から男の子の泣き声が響いてきました。
巣山先生はびっくりして西広先生に聞きました。



「廉くんが転んだんだって」

「ああ、それで阿部たちがいなかったのか」



西広先生に教えてもらって巣山先生が頷くと、ちょうど阿部先生が廉くんを抱えて入って来ました。
廉くんは膝を擦りむいていて、とても痛くて泣いています。
阿部先生の後ろから、花井先生と手を繋いだ悠一郎くんが心配そうに廉くんを見上げていました。



「う…ぅえっ!…痛、ぃよぉ…!」

「手当したから大丈夫だよ。ほら、泣き止め」



阿部先生は廉くんの靴を脱がせて廊下に立たせると、まだ涙で濡れている廉くんの顔をタオルでグシグシと拭きました。



「廉!まだ痛い?」



廉くんと自分の靴をちゃんと靴箱に片付けた悠一郎くんは、廉くんの頭を撫でながら聞きました。


心配そうな悠一郎くんを、これ以上心配させちゃだめだ。


廉くんはとっても優しいので、お友達に心配をかけたくありませんでした。
頑張って涙を拭うと、廉くんはニッコリ笑顔を浮かべます。



「も、もう、大…丈夫! だよ!」



廉くんの笑顔に安心したのか、悠一郎くんもニッコリ笑うと二人は手を繋いで駆けて行きました。



「あ、また悠一郎君バラ組に行っちゃったよ?」

「ああ!またかっ!!」



ほほえましく二人を見送っていた花井先生は、困ったように笑う篠岡先生に言われてやっと気がつきました。
もも組の悠一郎くんは仲良しの廉くんがいるバラ組にいつも遊びに行ってしまうのです。



「また悠行っちゃったのかよ?」



慌てて追いかけようとした花井先生のすぐ後ろで声が聞こえました。
花井先生が振り返ると、そこにはもも組の泉孝介くんが付き添いの浜田良郎くんと手を繋いで立っていました。高校生の浜田良郎くんは孝介くんのご近所さんで、忙しい孝介くんの両親に代わって毎日孝介くんを送り迎えしているのです。



「あ、毎日ご苦労様です」

「おはようございます」

「悠はオレが連れてくるよ!」



花井先生が浜田くんと挨拶をしていると、孝介くんはパタパタとバラ組へ走っていってしまいました。



「孝介ー、また後でなー!」

「おー!」



足の早い孝介くんは浜田くんに手をブンブン振りながら走って、すぐに見えなくなってしまいました。



「おっと、遅刻しちまう。じゃあまた後で」

「学校頑張ってね。いってらっしゃい」

「はい。行ってきます」



孝介くんを見送ると、浜田くんは慌てて高校へ向かいました。

そのすぐ後に、バラ組の方から元気な悠一郎くんの声が聞こえてきます。孝介くんが悠一郎くんを捕まえたのです。
バラ組から悠一郎くんを引っ張って来る孝介くんを見ながら花井先生は笑いました。



「ほらほら、朝の挨拶始めるぞー」



花井先生は笑いながら二人と一緒にもも組へ歩き出しました。





ここは西浦保育園。

今日も楽しい一日が始まります。







END





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