短編
□こうこうきゅうじ
1ページ/2ページ
昼休みを知らせるチャイムは1年9組にとっては活動開始の合図だ。
話し続ける教師の声は既に誰の耳にも届いていない。
早くもそわそわと浮つく教室の雰囲気に教師も呆れまじりに肩を竦めると、仕方ないとばかりに授業の終わりを宣言しようと口を開く。
その言葉を最後まで言い切る間もなく、教室全体がザワザワと騒ぎ出して教師の言葉を掻き消した。
一瞬にして賑わい出した生徒たちに、教師は大きくため息をつくと教材を纏めてさっさと教室を後にする。
それが1年9組の昼休み開始の光景だ。
「腹減ったー!!」
つい数分前まで夢の世界の住人だった田島は、そんな気配など全く感じさせない元気良さで三橋の席まで弁当を持って走って来た。
「お、俺も!おな か、空…いた!」
ウキウキと授業では絶対に見せないような嬉しそうな表情で三橋はかばんの中からお弁当を取り出した。
「飯だ飯だ〜」
「あれ?浜田は?」
ゆったりとした足取りで続いてやって来たのは泉だ。
田島や三橋ほどではないにしろ、やはり明るい表情をしている。
いつも一緒に昼食を取る浜田の姿が教室にないことに気付いた田島は泉に尋ねる。
田島の言葉で気付いたのか、三橋もキョロキョロと浜田の姿を捜している。
「売店行ってくるって。先に食べてていーってさ」
「そっか。じゃあ先に食ってよーぜ!」
「う、うん!」
三人は両手をパチンと勢いよく合わせると、もはや恒例となったやり取りを交わしながら目の前の弁当に集中した。
「いっただっきまーす!」
よだれを垂らさんばかりに『美味そう』を連呼する野球部三人につられてか、9組の生徒の中には三人の『いただきます』と同時に食事を始める者も少なからずいた。
それが影響しているのか、9組にとって昼食は1日の中で1番食事を美味しく、そして楽しく食べられる時間となっているのだ。
「やった!今日から揚げ入り!!」
もぐもぐといの一番にから揚げを口の中に放り込み、田島は幸せそうに噛み締める。
隣では泉がふりかけが掛かったご飯をガツガツと掻き込み、三橋はサンドイッチをむぐむぐと食べていた。
「ふぃー、つっかれたー」
三人が食事を始めて間もなく、心なしか出掛け前よりもくたびれた浜田が教室へと帰って来た。
手には戦利品の焼きそばパンとおにぎりを二つ持っている。
「うわ、バランス悪すぎじゃね?」
ドカッと椅子に座る浜田の昼食を見た泉は眉を寄せた。
その言葉に浜田は仕方ねーの、と力無く笑う。
「マジ昼の売店は戦場だから。選ぶ暇なんてねぇって」
浜田のくたびれ具合はどうやら売店で揉みくちゃにされたせいらしい。
「今日はコンビニで買って来なかったのか?」
「寝坊しちまってさー」
「アハハ!阿保だなー、浜田」
そんな他愛もない話をしながら4人は昼食を平らげていく。
しばらく黙々と食事をしていると、浜田がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、石本、カノジョ出来たって聞いたか?」
「うぇっ!?マジで!?」
「うわっ!!田島きたねェ!!」
浜田の言葉にブハッと口の中の食べ物を吹き出しながら声を上げたのは田島だ。
田島が吹き出した食べ物が飛んで来ない位置まで弁当を掲げながら、泉は顔をしかめた。
「確か…一週間くらい前かな?お、ほらあの子だよ」
「え?どれどれ?」
浜田が廊下側の窓に視線を飛ばすと、田島だけでなく泉も三橋も興味津々で浜田の視線を追う。
教室の入口近くの窓の前で石本と、例のカノジョが楽しそうに話している。
黒い真っすぐな髪を肩の下で切り揃えた、小柄な女の子らしいかわいい子だ。
「……石本、デレッデレだな」
「いいなぁー。俺もカノジョほしー」
「石本くん、す…すご、い ね」
「まぁ、サッカー部のルーキーだもんなー」
それぞれ色々な反応を返しながら、石本とその彼女を見ている。
「ルーキーっつったら三人とも充分ルーキーなのに、お前ら全くそんな気配ねェよな」
「浜田だって人のコト言えないだろー」
焼きそばパンの袋を開けながらケラケラ笑う浜田に、田島はプゥと頬を膨らませた。
「俺はこないだ別れたばっかだし」
「え!?マジで?浜田カノジョいたの!?」
浜田の発言に驚いたのは田島だけではなかったらしい。
浜田以外の三人は手を止めて浜田の顔を見た。
「4ヶ月くらいかなー。援団始めてから全然構ってなくてさ。あたしと野球部どっちが大切なの!!って」
「うっわ。ホントにあるんだな、そんなコト」
「で?で?浜田はなんつったの?」
話しながらも食べ続けていた弁当を全て平らげた田島は、空になった弁当箱を片付けると、椅子に座り直して完全に臨戦体勢に入ったようだ。瞳がキラキラと輝いている。
「あー…。それが…」
田島の問いに、浜田は苦笑いしながら半分ほどになった焼きそばパンを一気に口の中に放り込んだ。
「どーせ『え?野球部』とか言ったんだろ」
ガツガツと残りの弁当を平らげながら泉が言うと、浜田はあははぁ、と情けない笑みを浮かべた。
それは確かに泉の台詞を肯定した笑みで、田島は驚いたように目を見開いた。
「マジ!?浜田アッホだぁ!!」
「…いやぁ、思わず…ね」
情けなく頭をガシガシと掻きながら浜田は焼きそばパンの袋をグシャと潰した。
「ま、俺の話は置いといて、田島たちはなんかないの?そんな話。ほら、好きな子とかさ」
最後にお茶をグイッと飲んだ浜田はすでに食事を終えている三人を見渡した。
浜田の問いに三人は眉を寄せて考えている。
「俺は今んとこイネェな」
肩を竦めながら口を開いたのは泉だ。
「つーか、クラスの女子の名前とかまだ覚えきれてねーし」
「えぇ!?それはヤバくね?もう一学期終わんじゃん!?」
泉の言葉に浜田は驚いたが、なんとなく泉らしい気もしたのかそれ以上は追求しなかった。
「三橋は?」
「う!お…俺 は…」
ボボボッと顔を赤らめる三橋の反応に三人はお?と興味深そうに三橋を見た。
「や…野球」
「…へ?」
思いもよらない三橋の言葉に浜田と泉は同時に間の抜けた声を出した。
三橋は二人の反応に焦ったのか、おどおどとしている。
そんな中、田島だけはゲラゲラと笑っている。
「三橋、『好きなコト』じゃなくて『好きな子』だって」
「え…?あ…」
「あぁ、なるほど」
「俺の聞き方が紛らわしかったな、あはは」
どうやら三橋は浜田の言葉を聞き間違えていたらしい。今までの話の流れからもわかりそうなことだが、三橋の思考回路は計り知れないことは三人とも重々承知だったため、泉と浜田も笑いだした。
三橋だけはきょとんとしたままだったが。
「俺も今は野球がイチバンだもんなー。好きな奴とか作るヒマねーよ」
笑いの余韻を引きずりながら、田島はしみじみと頷いた。
「そーだよな。夏大して、新人戦やってって、今年はカノジョ作ってるヒマなんてねぇよな」
「これぞ高校球児の宿命ってやつだな」
ニヤッと笑いながら言う泉に続き、あはは、と笑う浜田。
「あー、でもやっぱカノジョほしー」
「俺はお前らよりかは暇人だし?つくろっかなー」
「テメーは留年しないように勉強しとけよ」
「あ…頭いいカノジョ…とか?」
「アハハハー!じゃあ浜田カノジョ出来ねーって」
「田島に言われたくねーし!」
「は、浜ちゃん、野球部の…お手、伝い、もう しない…の?」
「え!?あ、いや、行くよ!もちろん!」
「じゃあカノジョ作ってるヒマねぇよなー。な?泉」
「ハッ。お前だけカノジョとか作らせるかってーの」
「み…道連れかよぉ…」
「で、今日は練習来るんだろ?」
「行くけどサ〜。あ、そういや今日から新しいゲーム始めるかもってモモカン言ってたよ」
「へぇ、どんなんかな?」
「どんなゲームでも俺がイチバンだぜ!」
「田島にゃ負けねーぜ?」
「お、俺も…!!」
「じゃあゲンミツに勝負だなっ!」
「おう!」
「…若いってスゴイなぁ」
とんとん拍子で進む会話を終わらせたのは、昼休みの終了を知らせるチャイムの音。
バタバタと授業の準備を始め出すクラスメートに倣って、田島達も席を立つ。
どんな話で始まっても、結局野球の話で締め括られる。
そんな、結局野球から離れられない4人のお話。
こうこうきゅうじ
おしまい
→あとがき