短編
□始まれ、夏
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バットがボールを打つ時の甲高い音が好き。
ボールがミットに収まる時の鋭い音が好き。
グラウンドを駆け回る選手達の気合いを入れる声が好き。
一つのボールに全神経を集中させている時の、グラウンドに満ちる緊張感が好き。
走って、打って、笑って、泣いて。
そして、
全力で野球を楽しんでいるのを見るのが大好き。
始まれ、夏
夏が近づくに連れて、夜の訪れが遅くなっていく。
それは当たり前のことで、今まで気にしたこともなかった。
けど、高校に入って部活を始めて、それがまるで私たちの練習を手伝ってくれてるような感じがして、何となく嬉しくなった。
もうすぐ、夏がやってくる。
毎年この季節になるとワクワクと待ち切れない気持ちが心に灯る。
夏は高校野球の季節。
高校球児が一つの目標に向かって全身全霊を賭けて勝負する季節。
今まではテレビの画面越しに見ていたそれを、これから三年間は観客席よりも近い位置で、そして観客よりも選手たちに近い感情を持って見ること…ううん。体感することが出来る。
そう思っただけで、今まではワクワクだけだった感情に、胸が熱くなるような興奮と、ほんの少しの切なさが混じった。
それはきっと、今のチームが大好きだから。
みんなの野球が大好きだから。
「10分間休憩ー!」
「ウーッス!!」
今まで響いていたグラウンドを走り回る音が止み、代わりに元気な喧騒が聞こえて来た。
「つっかれたー!しのーかー!水ちょうだーい」
「俺もー」
「こっちに用意してるよー。おかわりはこの中ね」
「サンキュー!」
まるで砂糖に群がる蟻のように、ベンチに用意していた人数分のコップはあっという間にそれぞれの手に収まっていった。
ゴクゴクと勢いよく飲み干されていく水に、もしかしたら足りなくなっちゃうかな?と思ったけれど、何とかみんなの喉が潤う分には足りたようでホッと息をついた。
「三橋ー!キャッチボールしよーぜー!」
「う ん!」
たった10分しかない貴重な休憩時間の最中にも関わらず、田島君と三橋君は早速キャッチボールをしようとグラウンドに駆け出した。
それを見てみんな呆れたような顔をしてたけど、楽しそうにキャッチボールをする二人を見て自分達もしたくなったのか、結局みんなそれぞれにキャッチボールを始めた。
「みんな本当に野球が好きなんだねぇ」
みんなが飲み干した後のコップを片付けていると、アイちゃんと戯れてた志賀先生が楽しそうに笑ってグラウンドを見ていた。
私も手を止めてグラウンドを見たら、楽しそうなみんなの姿に思わず笑ってしまった。
「ここにいる人達みーんな、野球バカですもん」
もちろん、私も含めて。
そう言えば、アイちゃんが自分もそうだと言うように一声吠えて、志賀先生と顔を見合わせて笑った。
「皆元気が有り余ってるみたいだね!じゃあ少し早いけど練習再開するよ!」
「はい!!」
バッターボックスに立って満足そうに笑う監督の元に、みんな元気よく集まっていく。
まだまだ明るい夜空は、野球をするには充分な明るさがある。
次の休憩に向けて水とおにぎりの準備を始めなくちゃ。
マウンドに背を向けて歩き出せば、ボールを打つ高い音と威勢のいい掛け声が私を追いかけて来た。
きっと今年は今までで最高の夏になる。
「よし!」
一人小さく気合いを入れ直すと、これからやって来る夏がもっともっと楽しみになってきた。
もうすぐ、私たちの夏が始まる
THE END
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