短編
□○△□、∞。
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「あー、面白かった」
映画はチラシ通りコミカルな内容で、重過ぎず軽すぎずのちょうどいい感じのものだった。
出口へ向かう人の波に乗りながら、浜田は満足そうに笑っている。
「あそこでフツーああはならねぇよなー」
軽快な足取りで歩きながら映画について延々と話す浜田に、俺はどこかもやもやとした気持ちを抱えながら隣を歩く。
もちろん映画は面白かった。
今のこのもやもやは、映画館で会った栄口たちの言葉によるものだ。
「泉?どーした?」
俯いて何事かを考え込みながら横を歩いている泉の顔を覗き込むように浜田は首を傾げた。
「あの、さ…」
「ん?」
一人で考えても埒があかないと思った泉は潔く浜田に聞いてみよう、と口を開いたが、なかなか次の言葉が出てこない。
浜田は急かす事なく言いよどんでいる泉を待った。
「さっきさ、栄口たち、いたじゃん…?」
「ああ、うん。いたね」
視線を泳がしながら口ごもる泉を促すように浜田は頷く。
泉は小さく息を吐き出すと、意を決したようにバッと顔を上げて浜田を見上げた。
「浜田もさ、やっぱ外でデートとか、したい?」
「へ?」
突然投げ掛けられた質問に浜田はキョトンと目を丸めた。
「栄口たちが、よく外出掛けてるから楽しいって言ってて、……俺らはさ、そんな出掛けることねェし、お、思い出…とか、少ないのかなって……」
「泉」
立ち止まって箍が外れたように一息に話し続ける泉の顔は、言葉が進むに従って段々と下がっていく。
人々が怪訝そうな顔をしながら泉と浜田の横を擦り抜けていく。
泉が今にも人波に飲み込まれてしまいそうな程小さくなって行くように見えて、浜田は思わず大きな声で泉の言葉を遮った。
その浜田の大声に驚いたのか、泉はビクッと肩をゆすると、まるでたった今気がついたように泉は反射的に顔を上げて口を閉じた。
「…泉はさ、思い出ってなんだと思う?」
「思い出…?」
突然の浜田の言葉に泉は不思議そうに首を傾げた。
「そうだな…。例えば、野球部。野球の練習してて、辛かったことや楽しかったことってない?」
「ある…けど」
「練習は毎日あるじゃん?でも、その毎日に同じ日なんてなくて、その日あった小さなことも大きなことも、全部泉にとっては大事な思い出じゃない?」
穏やかな声で話す浜田の言葉を聞きながら、泉は今まで部活で起こってきたたくさんのことを思い出していた。
入学して、野球部に入って、練習に明け暮れた。
初めての練習。
初めてこのチームで勝った試合。
氷鬼で1番になったこと。
こっそり田島のバッティングを真似してみたこと。
水谷や巣山たちとバカバカしい話で笑ったこと。
阿部にムカついたこと。
三橋と柔軟を組んだこと。
浜田が、練習に参加した日のこと。
小さなことも、大きなことも、確かに全てが自分にとって大切な思い出になっている。
その一つ一つを思い出しながら、泉は小さく笑って頷いた。
「それと同じで、俺にとって泉といる毎日が大切な思い出でさ。場所なんて関係ないんだよ。ただ、泉がいればそれでいい。…なんてね」
照れたようにヘヘ、と笑う浜田に、泉は驚いたように目を見開いたが、すぐにくすりと笑った。
「自分の言葉に照れてんじゃねーよ」
「いやぁ、結構恥ずかしいモンなのな」
抑え切れないようにクックッと笑う泉に、情けなく眉尻を下げて浜田は頬を掻いたが、泉を見守るその瞳は穏やかなものだった。
「…そーだよな」
「ん?」
笑いの波が収まり、ふぅ、と一息つくと、泉はすっきりとしたような、それでいてどこと無く嬉しさを含んだような表情で浜田を見た。
浜田はそんな泉の表情を見ると、先を促すようにふわりと笑って泉の真っすぐな瞳を見つめ返した。
「これが俺らのカタチってことだよな」
まるで内緒話をするように悪戯っぽくニヤッと泉は笑った。
浜田は声には出さず、ただニッコリと笑い返した。
場所なんて関係ない。
ただ二人がいれば
その瞬間が、最高の思い出になるんだ。
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