短編
□君がいるから
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いつだって一番でいたいなんて
ただのワガママだってわかってるけど、
「なーなーなー!」
「少しは静かに待ってろ!」
「……花井のバカー!!」
「ちょ、おい!田島っ!!」
バタン、と勢いづいた扉が予想以上に大きな音を建てて、内心ビックリしながらも構わずその場を走りさった。
背後から聞こえて来る足音に追い付かれないように、全速力で駆け抜ける。
しばらくすると、足音は聞こえなくなった。
自分でそう仕向けたくせに、なんだかそのことが無性に哀しかった。
原因は、俺の我が儘。
花井が忙しいのはわかってたし、最初はちゃんと静かに待ってた。
けど、ずっと花井が背中を向けていて、話し掛けてもテキトーな返事しかくれなくって、なんかスッゲー寂しくなったんだ。
花井は俺といても楽しくないのか、とか、俺のこと邪魔だと思ってるんじゃないか、とか。
いつもなら考えもつかないような事が頭に浮かぶ。
しかも質が悪いことに、そういう考えって、一度頭に浮かんだら、そればっかり考えちまうんだ。
俺らしくないってわかってるけど、俺らしくいるためには、花井がいなきゃいけないんだ。
だって、花井はいつも俺のこと見ててくれて、俺がバカやっても怒りながらも笑ってくれて、俺が何か出来たら一緒に喜んでくれて、それで…
なんか、泣きたくなってきた。
俺、花井がいなきゃダメなんだって、改めてわかった。
だって、俺が何かするときはいっつも花井がいてくれてんだもん。花井がいなきゃ、何も出来ねーよ。
「は…花井…っ!!」
視界が滲んで、景色がグシャってなる。
今、自分が泣いてるんだなってわかった途端、凄く寂しくて、花井に会いたい気持ちが痛いくらいに強くなった。
自分から飛び出したのに、もうこんなにも後悔してる。
花井の元に帰らなきゃ。
そう決心して、ズズッと鼻を啜って、涙を拭く。
勢い良く体を反転させて、一気に駆け出そうとした、その瞬間。
「うおっ…と」
ドンッと何かにぶつかった。
その何かは大きくて、温かくて、大好きな匂いがした。
「急に振り向くなよな〜」
ぶつかった反動で後ろに倒れそうになった所を、力強い腕に支えられ、そのままポスッと抱き込まれる形で定位置に収まった。
いつものこの感じに、こっそり大きく息を吸い込む。
まるで、体中が花井で満たされるようで、何だか嬉しくなった。
「まだ怒ってるのか?」
黙って花井の匂いを胸イッパイに吸い込んでいたら、頭の上から気まずそうな声が降って来た。
どうやら、俺がまだ怒ってるって勘違いしたみたいだ。
「あー…その、悪かったよ。ほったらかしにして」
花井はいつもこの体勢で話をするとき、俺の頭をポンポン、と撫でるように叩きながら話す癖がある。
それも、決まって照れている時とかの、言いにくいことを喋る時だ。
本人は気付いてないみたいだけど。
花井に頭を撫でられるのは嫌いじゃない(むしろ好き!)だから、そのまま花井の大きな手の平の感触を楽しむ。
さっきの寂しさなんか、どっかに行っちゃったみたいだ!
「田島?」
ぐりぐりと花井の胸に頭を押し付けると、どこかホッとしたような花井の声がして、腕の力が少しだけ強くなった。
「花井!俺、花井が好きだ!」
バッと顔を上げて花井の目を真っ直ぐ見る。
花井は一瞬驚いたように目を見開いたけど、すぐに目を細めて笑った。
「俺も好きだよ」
優しいテノールの響きに、頬が緩む。
きっと、これからも俺は花井を困らせると思う。
俺、バカだし。
なんも考えないですぐ行動に移しちまうし。
でも、その度俺は振り返るんだ。
そうすれば
しょうがないな、って顔で、それでも優しく笑う花井がいるはずだから。
苦笑でもいいよ。
ちょっとだけ笑ってくれれば
ぼくは満足。
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