短編

□君がくれたもの
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昔、貰ったものがある。

『昔』といっても、2年くらい前の話だけれど。
それでも、この1年は特に毎日が充実していて、終業式が迫った今でさえまだ1年しか経っていないのか、なんて思ったりする。



貰ったのは、中2の新学期。
入学式も終わって、俺が所属していた野球部に初めての後輩が入って来た頃だ。

小学校の頃とは違う、上下関係が厳しい中学校の部活は、入った当初は中々慣れなくて先輩達から怒られたりした。
けれど、今度は俺が『先輩』になるんだ。

今までは純粋に先輩に頼れたけれど、これからは俺が頼られるようになる。

そう考えると、なんだかワクワクするような、むず痒いような妙な気分になる。



「泉セーンパイ」



足取り軽く部室へと向かっていると、背後から呼び掛けられてドキッと心臓が跳ねた。
まだ先輩と呼ばれることには慣れてなくて、無意識にギクシャクと固い動きで振り返る。



「あははは!泉表情固まってっぞ!」

「………なんスか。浜田センパイ」



振り返って見れば、そこにはニヤニヤと楽しげに笑う浜田センパイの姿があった。
新入生じゃなくて何だかホッとしたような、からかわれてムカッとしたような微妙な表情を浮かべると、センパイはゴメンゴメン、と軽く謝った。



「泉がセンパイってなんか変な感じだよなー」

「浜田センパイだって似たようなもんじゃないっスか」

「なんだとー?」



二人並んで部室へ向かっていると、浜田センパイは俺の頭をグシャグシャと撫でた。
とはいっても、俺は野球部らしくボウズ頭で髪が乱れるなんてことはない。



「あーあー。小学生ん時は良兄ちゃんって言って可愛かったのになぁ」

「いつの話だよっ!」



小学生の時からの腐れ縁である俺とセンパイは、多分部内の2、3年の中では1番仲がいい。

浜田センパイはピッチャーでうちのチームのエースだ。でも他の先輩達みたいにそれを鼻にかけるようなことはしないし、いつでも明るくて面白い。
センパイは同学年にも後輩にも人気があるから、1番仲がいい俺は他の奴らに羨ましがられていて、ひそかに自慢に思っていたりする。

言ったら絶対調子に乗るだろうから言わないけど。



「そういえば、来週末試合だってさ。泉スタメン候補に上がってたぞ」

「やった!」



人数が多い野球部は、基本的に3年が試合のメンバーだ。
その中で2年が出れるのなんてほんの僅かな可能性しかない。
春休みに必死で頑張った甲斐があった、と喜んでいると、浜田センパイは良かったなー、と頭を撫でてくれた。

ちょっと照れ臭いけど、やっぱり嬉しさの方が大きい。



「にしても、泉はなんでピッチャーやんねーの?」

「それは…」



小学生から野球をやっていた俺は、始めは浜田に憧れてピッチャーになろうと思っていた。
でも今はセンターというポジションを選んでいる。

多分、センパイはそれが不思議だったんだろう。

理由なら、ちゃんとある。それも二つも。

けれど、恥ずかし過ぎて言えるわけがない。



「始めはピッチャー志望だったじゃん?なぁ、なんで?」

「…………」



浜田センパイは、一旦気になったことがあると、やけにしつこい時があって、こっちが折れるまで諦めない。どうやら今回はちょうどその時のようだ。



「いーずーみー?」

「あー…わかりましたよ!言います!」



自棄になってそう言えば、センパイは満足そうに笑った。

何となく腹が立つ。

でも、宣言してしまったからには仕方がない。俺は腹を括って一度、息を吸って、ゆっくり吐いた。
その間浜田センパイはからかいもせず黙って俺を待っている。

ああ、そんな余裕な所も腹が立つ。



「ピッチャーだと、一緒に野球出来ないじゃないっスか」

「え?」



ボソッと呟いた言葉に、センパイはキョトンとした表情を顔に浮かべた。
それは言葉が聞こえなかったんじゃなく、意味を量りかねる、といった感じの顔だ。



「だから、俺もピッチャーだったらセンパイと野球出来ないじゃないっすか!」



ピッチャーはチームに一人だ。二人が同じマウンドに立つことなど、敵にでもならない限り有り得ない。
だから俺はピッチャーではなく、センターを選んだのだ。

浜田センパイと野球がしたいから。



「……そっか。…そーだよな…」



自分の台詞に照れてそっぽを向いていると、どこかぼんやりとした感じで浜田センパイは呟いた。
てっきり笑われるかと思っていたのに、予想外の反応で俺はセンパイの顔を見た。



嬉しいような、切ないような、今にも泣いてしまいそうな表情で、センパイは笑っていた。



「…浜田センパイ?」

「泉はかわいいなー!」



何だか嫌な予感がして、俺はセンパイに一歩詰め寄ろうとした。
それより一瞬早く、センパイは先程の表情をしまい込んでいつもの明るい笑顔を浮かべた。

乱暴に頭を撫でるその手もいつもと同じで、まるでさっきの表情は目の錯覚のようだ。



「泉にこれやるよ」



そう言ってセンパイが差し出したのは、ピッチャー用のグローブだった。



「新しいの買ったんだ」



ボロボロのグローブは、それでもよく手入れされていてセンパイの手にフィットする形に固まっている。
当たり前だが、俺のとは大きさも違う。



「使わなくていいんだ」

「え?」



今度は俺が首を傾げる番だった。
センパイは懐かしい物を見るように俺に渡したグローブを見ている。



「ただ、持ってくれてるだけでいいんだ」

「…わかりました」



何だか、それ以上聞いちゃいけないような気がして、俺はただ頷いた。

センパイはありがとう、と小さく呟くと、今度は本当に嬉しそうに笑った。






あの時俺は、何も知らなかった。



もしあの時ちゃんと理由を聞いていれば、何かが変わったのだろうか。



浜田はちゃんと医者に通って、今でも野球を続けていたんだろうか。



もし、なんて仮定は無意味だとわかってる。



けど、どうしても考えてしまうんだ。



なぁ。



なんであの時、お前は俺に何も言わなかったんだ?


なんで大切なグローブを俺にくれたんだ?




俺に夢を託したつもりか?



そんな、形見を渡すみたいなことをして。



あの時俺がどんな思いだったか、お前はきっと知らない。



センターを目指したもう一つの理由も、お前は知らないんだから。






俺は、浜田の背中が好きだった。


だから、野球を一緒にしたかった。


だから、浜田の背中を守れるセンターを選んだんだ。




なのに。





「ばかやろう」





あの日流れた涙は、乾いたマウンドに消えた。





あれから2年が経った。

あの馬鹿と、予期せぬ形で再会した。

俺は今、あの背中とは違う、けれど大事な仲間の背中を守ってる。

いろんなことがあって、大切な仲間を手に入れた。


それでもあれは、今でも俺の1番大切な宝物なんだ。











君がくれたものは、

今でも大事にしているよ





30000Hit記念文/ver.hmiz




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