短編

□輝翼の飛翔
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窓から空を見上げれば、真っ白でデッカイ雲が青い空に浮かんでいる。

梅雨が明けてから、ここ何日かは太陽の光が燦燦と大地に降り注いでいる。
庭に生えている桜の木からは少し気の早い蝉が元気に鳴いていた。



眩しい程の光を受けて鳴く蝉が羨ましい。



毎年この時期になるとそう思う。

別に今が嫌なわけじゃない。
気持ちいいことは好きだし、毎日旨い飯は食えるし。

ただ、なんとなく虚しいのだ。



夏の空気を震わせる蝉達はたった一週間の間、文字通り命を削って鳴き続ける。

命を懸けたその声は、俺の心を掻き立てる。



なんで俺は此処に居るんだろう。



何処かへ行きたい。



遠く、広い空の下で思いきり駆け回りたい。



暗く狭い此の屋敷では叶わない其の願いは年々強くなる。

つい数カ月前、コウが屋敷を出て行った。
機嫌がいい父さんと打って変わって、コウの表情は暗く足も重かったけど、俺は羨ましかった。


此の籠の中から出て行ったコウは、此の窓から見える囲まれた空よりも、もっとずっと広い空を見ることが出来ただろうから。


一度でいい。


俺は限りない空っていうのを見てみたかったんだ。
















輝翼の飛翔

〜キヨクノヒショウ〜
















「きもっちー!!!!」



両手を思い切り広げれば、体中の筋肉が伸びて気持ちいい。
梅雨明けの温かい太陽光を全身に浴びる。

今まで日の光を知らなかった体は、初めての温かさを難無く受け入れて眠気を誘ってきた。



「眠てー」



青々とした草で溢れた河原に横たわれば、柔らかくひんやりとした草の敷布団と温かい太陽の掛け布団で本当の寝床みたいだ。
目を閉じれば、遠くから蝉の声が聞こえてくる。



俺は今、あの蝉と同じように広い本当の空の下に居るんだ。



満足感と気持ちいい疲労感に、俺はゆっくりと意識を手放した。
















ほんの少しの肌寒さと、肩口にある温かさに目を覚ました。
ゆっくりと目を開ければ、赤みがかった夕空を背にした黒い影が二つ視界に入り込んで来た。



あ、もうすぐ客が来る



暗くなっていくその空は、仕事が始まる合図。
ぼんやりとそんな事を思っていると強い違和感に襲われた。

見上げた先には見慣れた染みだらけの天井はなく、紅から紺へと徐々に変わっていく空が広がっている。

夜特有の冷えた風が頬に当たった。



「あ…そーだ。抜け出して来たんだった」



動きが悪い頭で自分が屋敷から抜け出して来た事を思い出した。
すると夕日を遮っていた二つの影が動いた。



「あ、生きてた」

「生きてたー」



甲高い声に驚いて体を起こすと、逆光でよく見えないが、そっくりな顔をした小さな女の子が二人、しゃがみ込んで自分を興味深そうに見ていた。

見知らぬ二人の女の子に戸惑っていると、背後からガサガサと草を踏み付ける音が聞こえた。



「あすか!はるか!」



河原の上から聞こえて来た声に、二人は立ち上がって手を繋いで駆け出した。

つられて振り返れば、背の高い坊主頭の少年が慌てて河原に降りてくるのが目に飛び込んで来た。



「お前ら勝手に何処かに行くなって何度言えば…」

「お兄ちゃん生きてたよ!」

「生きてたの!」

「…わかるんだって、…は?」



双子の言葉に怪訝な顔をしてこちらを見た。



その真っ直ぐで力強い瞳に、俺は一瞬で捕われた。



少年はその綺麗な瞳に警戒の色を潜めて女の子達を背後に隠した。

屋敷から抜け出す為に小姓だったヒロの動きやすい着物を拝借して来たのだが、長時間走った上に土の上で寝ていたせいで泥だらけになってしまっている。
これでは怪しまれても仕方ないかも知れない。



「お前、お稚児か?」

「おちご?」



聞き慣れない言葉に首を傾げると、少年は少しだけ不思議そうな顔をした。



「何でこんな所にいるんだ?」



その質問には答えていいものかどうか悩んだ。
素直に屋敷から逃げ出して来た事を言えば、すぐにまたあの狭い籠の中に戻されてしまう。

それだけは嫌だった。



「………」

「………家は?」

「…ない…」



これは嘘じゃない。
あの屋敷は俺が生まれた場所じゃないし、暮らしてはいるけど『家』っていうのじゃない気がするからだ。

それに、『家』って、もっと暖かくて、帰りたいと思う場所のことだってコウが言ってた。
だからあそこは俺の『家』じゃない。
だから俺には『家』はない。

夕日に照らされている少年の顔を見ていると、突然少年は溜息をついた。



「仕方ねぇな。ほら、一緒に来い」

「へ?」



言うが早いかくるりと背を向けて双子と歩き出した少年の背中に思わず間抜けな声が出た。



「夜になると人掠いが出て危ねえから、さっさと帰るぞ」



双子の手を繋いで歩きだした少年を、俺も慌てて追い掛けた。






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