短編

□REG
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08―IN DARK―




目が見えない人は聴覚や他の感覚が鋭くなると聞いたことがある。
視覚という重要な情報収集能力の欠落を補う為だという。

なるほど、と頭で納得した事柄を、まさか実体験するとは想像もしていなかった。

真っ暗な視界の中、普段は気にならない自分の呼吸の音までもが嫌に耳につく。
最後に視界に残った映像に背筋が凍り付く。

深く、暗い穴の底から生えてきた幾本もの触手。
深淵を思わせるその黒が、うごめいて近付いて来る。

視界が消えると同時に二人で走った。
見えはしなかったけれど、近くにあった気配が自分と同じ反応をしていたのを感じた。
崎山がどうしていたのかはわからないし、なにより彼は一体何者だったのかもわからない。
唯一はっきりとしていたのは、彼は自分達の味方ではなかったのだということだけだ。

突然の事態に、示し合わせたわけではないけれど、俺と浜田は同じ方向へ駆け出していた。

「泉、いる?」

「おう、ここだ」

荒い息を吐きながらお互いの位置を確認する。
がむしゃらに走ったせいで、今自分達がどこにいるのかはわからない。

「何だったんだ、あれ…」

「俺が知るかよ。とにかく逃げねーとヤバイってのはわかるけど」

立ち止まっていると今にも後ろから捕まりそうな恐怖感から、足は止めずに歩き続ける。
しかしふと、あることに気がついた。

「…なぁ、おかしくねぇか?」

「何が?」

すぐ右側から訝しげな浜田の声がする。

「俺達、なんで真っすぐ進めてんだ?」

「は…?」

浜田はわけが分からない、というかのような声を上げる。
きっと目を丸くした表情を浮かべているんだろうな、とその声音から想像できる。

「俺らが通って来た道は曲がってたはずだろ?なのに、一回も壁にぶつかってない」

逃げることだけを考えて走って来た自分達が通って来た道の曲がり具合だとか、方向だとかを考える余裕などなかった。
けれど、あの時なぜか確信を持っていた。

『真っ直ぐ走れば出口がある』と。

洞窟の中の道はそれほど広くはなかった。
それでも壁にぶつかるだとか、そんな恐怖感は微塵も感じずただ走ればいいことを自分達は知っていた。
なにより、自分達が今いるこの場所には壁も障害物もなにもないことを知っている。
今まで通って来た道と、今自分達がいる場所が『違う』のだということも。

暗闇で、何かが動く気配がした。

それがなんなのか、今の自分達は知っている。

「走れ!!!」

言うが早いか、二人同時に走りだす。
不思議な感覚だった。

知らないはずの道も、解らないはずのものも、自分達は知っている。




そしてこの先に、出口があるということも。







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