短編
□今の君だから
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珍しく、水谷が落ち込んでいる。
いつも怒られるくらい明るいオーラを出していて、何があってもへこたれない真っすぐな意志を持ってる水谷が、今日は元気がない。
何かあったのかな?
俺に話してくれるかな?
心配と、少しの不安を胸に、一歩近付く。
「どうしたの?落ち込んでるなんて、らしくないね?」
「…栄口」
しょんぼりとした背中に声をかければ、まるで捨てられた子犬みたいな、ウルウルした目でこちらを見上げる水谷。
これは尋常じゃないかも。
そう感じて、水谷を近くにあったベンチに座らせる。
普段、水谷は野球でエラーを出しても、阿部にどんなに酷いことを言われても、泣くことは絶対にない。
それは、反省したり、傷付いたりすることがないから、ってわけじゃなくて、自分の非を受け入れて、次は頑張ろうって気持ちを切り替えることが凄く上手いからだ。
そんな水谷が、今にも泣きそうな状態って、実は結構レアなんだ。
「何かあったの?」
出来るだけ優しく聞こえるように。
そう心掛けながら話し掛ければ、水谷の潤んだ瞳から涙が一粒零れ落ちた。
その雫の綺麗さに一瞬見とれたけれど、そんな場合じゃないことをすぐ思い出して慌てる。
「えっ!?ど、どうしたの!?」
「さかえぐちー」
一旦涙が零れたら我慢出来なくなってしまったようで、水谷は次から次へと涙を溢れさせていく。
水谷が泣く、という今まで体験したこともない状況に、俺はどうすればいいか解らなくて、とりあえずハンカチを取り出して水谷の涙を拭く。(というより、顔に押し当てるっていう方が正しいかも。それくらい俺も混乱してたし)
グシグシと鼻を啜る水谷が落ち着いたのを見計らって、もう一度どうしたの?と声を尋ねると、水谷は不安そうな顔を上げて俺を見た。
まだ少し戸惑っているようで、口を開こうとしない水谷に、ニッコリ笑って言葉を促す。
「栄口は………俺のこと好き?」
「……………は?」
思わぬ言葉に、思わず口をポカンと開けてしまう。
「や…やっぱり、栄口も俺の性格いやなんだぁー!!!」
「えっ!?いや、そーじゃなくてっ!!」
俺の反応にショックを受けたのか、水谷はまたブワッと泣き出してしまい、慌てて首を横に振る。
「ど、どーして急に!?ってゆうか、俺『も』ってどうゆうこと?」
「あ、阿部が…」
「阿部?」
ああ、やっぱり
何となくそう思ってしまったのは、やっぱり阿部が阿部だからだろう。
「阿部が、なんで栄口が俺のこと好きなのかわかんないって…。ホントに栄口は俺が好きなのか?って…」
「あんのバカベ…」
持っていたハンカチを握りしめる手に力が入る。
はぁ、と大きく息を吐くと、少しは落ち着いたような気がしなくもないが、やはりまだいらだたしい。
阿部には一回、ちゃんと話つけとかないと、かな。
額に走った青筋を理性で抑え付けながら、俺は未だ泣き止まぬ水谷の手を取る。
「あのね、水谷」
「……グスッ」
大きく鼻を啜って、水谷は潤んだ瞳でこちらを見てくる。
そんな水谷に愛しさを感じて、思わず微笑む。
「俺と阿部は違うよね?」
「ぜんっぜん違う!」
思いきりがいい水谷の否定に苦笑が漏れる。
「でしょ?ということは、阿部と俺の好みは違うわけ。阿部がわかんなくても、俺は水谷の良いとこイッパイ知ってるし、水谷のこと大好きだよ?」
「栄口…」
納得してくれたかな?
水谷の顔を覗き込んでみれば、先程とは打って変わったキラキラした表情。
うん。わかってくれたみたいだ。
というか、何だか凄く恥ずかしいことを言った気がする。
「俺も、栄口が大好きだよ!!」
まぁ、いっか。
そう思ってしまう俺は、なんだかんだで結構重症だと思う。
君が君じゃなかったら、
好きになったりはしなかったんだよ?
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