短編
□過去拍手集2
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「今、何と…!?」
「…だから、兄上の仇を討とうとは考えていないと言った」
「……!!!」
凍り付いた表情を一変させ「彼」は、初めて私を憎しみの眼差しで見た。
…私の兄、豊臣秀吉は徳川家康によって討たれた。
私は兄のことをすごい人だとは思っていたが、家康の主張も痛いほどに理解できた…と思う。
だから、実の兄を失って悲しく思う反面、不謹慎にも兄の業だと思ってしまう私も少なからずいた。
…それは酷く、複雑な感情だった。
いっそのこと三成のように、兄を盲信できたならば…楽だったかもしれないのに。
「嘘だ…!なぜ貴女がそんなことを言う…!?秀吉様の唯一の縁者である貴女が…!なぜ…!なぜだ!」
「……」
三成の手はわなわなと震えていた。
私と三成が今の関係になければ、今すぐにでも斬り捨てられそうだ。
…私達は、恋仲…のような関係だった。
彼は私のことを姫と呼んでいたものの、互いに言葉要らずの穏やかな関係でいたはずなのだ。
「私だって悲しい。あなたの言うとおり、兄を失いたくはなかった。けれど冷静になりなさい。今感情のままに家康を討っても、何も解決しない」
「黙れ!」
「…!」
…きっと、私は思い知る。
三成が至上としているのは私ではない。
兄であると。
きっと、私の声はもう届かない。
今彼の瞳に映るのは憎しみで曇った世界だけ。
彼に賛同しない私も、兄を奪ったそんな世界と同じ…憎しみの対象となるのだ。
「…姫よ、正気か」
刑部が思わずといった様子で尋ねたけれど、私は何も言わなかった。
「……!」
それは三成の怒りにさらなる拍車をかけただろう。
「ッ…!もういい…!連れていけ!」
「…よいのか、三成」
「構うものか…!秀吉様の死を軽んじる者は全て敵だ!」
「……」
もはや何を言っても無駄だと、刑部も悟ったらしい。
小さく「わかった」とため息をこぼし、私を先へと促した。
「許せ、姫よ」
「いい。あなたが気に病むことじゃない」
刑部は苦笑し、私は導かれるまま座敷牢へと向かった。
三成の側を通る時、うつむく彼は私の目を一度も見なかった。
…家康は、矛盾を抱えながらも自らの意志を貫き通した。
ならば私も、最後まで私の意志と…意地を貫こうと思った。
一度でも心を通わせた、このまっすぐで不器用な彼の…理性でいようと思ったのだ。
…たとえそれが、彼の憎しみを買うこととなっても。
私は彼を止める、最後の一声でありたかった。
「………」
どれほどの時間が経ったのか。
座敷牢は特段不自由を感じなかったが、心身の疲れが今頃出たのか私は床に臥すようになっていた。
…ああ戦はどうなったのだろう。
家康もさぞ心苦しい思いをしているだろうにと、ぽつりぽつりとした考えだけが頭を巡った。
三成が勝っても負けても…戦が終わった時、そこには虚無しか残るまい。
その果てしない虚しさに、彼は一人で耐えられるのだろうか。
城の者達の話では、戦は順調のようだった。
誰もが三成のあの狂気に気圧されているに違いない。
…ついに家康とぶつかるのか。
体を横たえたまま、重く息を吐き出す。
「……!」
その時、背を向けていた格子がガタンと鳴った。
…顔を見ずともわかる。
三成……私はずっと、あなたの側にいたのだから。
「…どうしてこんな所にいる…?あなたは家康との戦を控えているはず」
「……」
「三成…?」
「貴女が…倒れたと…」
「…!」
…それだけのために?
なんという声を出すの。
これが皆の恐れる凶王三成の姿だと、あなたはそう言うのか。
「そんなことのために、兄の仇討ちを止めて戻ってきたというの」
「っ私は貴女を失えない!」
「…」
「わかっている…!理解をしている!あなたの言葉も…!あなたの想いも…!だが私は…!」
…そうか、あなたはそれでも悲しみを止められないから。
「…いいよ、三成。待っている。好きなだけそのもどかしさをぶつけてくればいい。家康もきっと応えてくれる。私は…待っているから」
「っ……!」
「どこにも行かない。…あなたのことを待っている」
…この人は恐れていた。
己から離れていくものを目にするのが。
だから私をここに置いたのか。
いつか…私の言葉を理解しようと。
私が、どこにも行かないように。
「…泣かないで三成。私は…ここにいるから」
小さな子供のように、彼は綺麗な涙を流した。
終
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三成と主、の妹。
若干家康夢の対な感じで。
秀吉が討たれた直後のお話。
三成は当然のように我を失い、心を開いていた彼女をも憎しみの対象としてしまう。
彼女を大切だということを思い出した時、頑なな心が少しでも揺らげばと思いました。
執筆日 12.6.29〜7.6
12.7.27