短編

□過去拍手集2
11ページ/12ページ






「…っ早く…!」


どこ…!?
どこにいる!?
誰よりも先に見つけなければ…!


「家康っ…!どこにいる!返事を…」

「……」

「!」


ようやく見つけた探し人は、獣道から少し外れた木にもたれかかり、苦しそうに息をしながらも私を見て微笑んだ。


「ハハ…見つかってしまったな」

「笑っている場合じゃない!傷を見せて…!」

「っ……」

「…!?」


…致命傷……!?
どうして、家康が…?


「どうして…!?兄上とは互角のはず…!なのにあの時なぜ防御を怠った…!?」

「ああ…確かに、防ぐことができればこんな傷も負わなかったろうなぁ…」

「じゃあ何が!お前にそれをさせなかったと!」

「…ほんの一瞬、現実を突きつけられたような気がして…動くことができなかったんだ。情けないだろう…?」

「………」


悲しく笑う家康を見て、はっとした。
兄、石田三成と共に私は恋仲であった家康の元に向かった。
…それは家康がそうしろと言ったから。
秀吉公を失った三成には…兄には、誰かが側にいなければいけないと…優しい彼が言ったから。
……そう、至極単純な構図として、私と家康は敵対関係にあったのだ。
兄は家康を憎み、太刀を走らせた。そして…


「…私がいたから……?」

「……」

「私が敵陣にいることに、今更動揺したと…!?お前はそう言うの!?」

「す、まない…わかっていたつもりだったんだ…」

「馬鹿なっ…!」


この男は…!
敵として存在する私に目を奪われ、その一瞬を兄に突かれたというのか…!


「そんなことのために傷を負うなど…!お前はなんと馬鹿な男なんだっ!」

「本当だ…ワシもそう思う…。けどな、それは当然のことだったんだ」

「当然…?」

「ワシを憎む三成の側に、お前がいた…。お前の心は違っても、酷く遠く離れてしまった気がして…混乱したんだ。おかしいな…ワシはもっと、ずっと覚悟をしてきたはずだったんだが…」

「……!」


…家康、……家康…!
私は、お前の側にいて…不満だらけだった。
お前はいつも、誰にでも優しい。
現に、お前を憎む兄上の心配さえしていただろう。
よく兄上にそっくりだと言われたこの融通の利かない性格も女らしからぬ器量も、お前を慕うしとやかな女達に敵うはずがないといつもずっと心の中で思っていた。


「偽善者ぶるな…!お前はいつだってそうだ!本心なんて見せやしない…!本当の気持ちなんて…誰にも見せようとしないくせに…!」

「……」


取り乱したくなんてないのに、焦る心が溢れる言葉を止めてくれない。
この男は死ぬのだ。
遅かれ早かれ、傷によってか…我が兄に見つかって。
………死ぬのか、家康は。


「…ワシは、お前を苦しめていたのか…?」

「っ思い上がるな…!私は…」


私は、ただ、腹が立つだけだ。
兄につくことも家康につくこともできずに、心ばかりが浮遊している私自身に…!


「じゃあ、お前になら頼めるな。刀を…貸してくれるか」

「…?」

「ワシにはな、大切な者はたくさんいる。ずっとワシを支えてきてくれた家臣も、三成だってそうだ。…今もそう思っているよ。だが」


…家康は、刀を握らせたまま私の手を取った。


「愛した者はたったひとりだけだ」


ぐ、と手に力がこもった。
…………まさか。


「なに、を…」

「本当は、この国をこれから統べるなら…誰もを平等に思う必要があった。お前一人をこんなにも愛しては…本当は駄目なのだといつも感じていた。…それが、この結果だ」

「わ、たしのせいだと…言いたいの」

「…ハハ、そうかもしれないなぁ」

「どこまで…馬鹿な男なんだ…!」

「否定は…できないな。…その罪滅ぼしというわけじゃ、ないんだが」

「………」


嫌な予感がした。
…いや違う、もうとうにわかっていた。
この男が、家康が…こんなにも私を、私だけを愛おしそうに見つめるから。


「これでワシは、お前だけのものだ。三成にさえ、ワシの首はやれない。だから」

「黙れ…!なぜ私がっ…手を放せ家康!私に…!この私にお前を手にかけろと言うのか!」

「こんな所まで上り詰めてしまったが…最期くらい、お前だけのワシでいても…誰も叱りはしないだろう」

「お前らしくないことを言うな…!放せ家康っ!今ならまだ逃げられ…」

「…ワシの首を、三成の元へ届けるといい。ワシとの関係を知っている三成も、これでお前をまた寵愛するはずだ」

「っ…!」


どこまでこの男は…いつも、人のことばかり…
それでいて、私の気持ちなどお構いなしなんだ…!
私の刀を染める血が、お前のものになるなんて。

…ああ、もうこの手を放す気はないのか、家康……!


「家康……家康…っ!」

「愛していたよ、誰よりも。…いや、今もか。きっと…これからもそうだ」

「っ…わた、しも…だ……」

「そうか…。そいつは、嬉しいなぁ…本当に、こんなに嬉しいことはない…」

「う、ああ…あ……」

「すまなかったな、最期の最後まで…お前を傷つけた」


本当だ…本当にそうだ。
お前はいつも…いつもいつも、いつも。

……私を、愛してくれていた。



「う、あ…、ああああああああああああっ!」



『これでワシは、お前だけのものだ』

…くだらない嘘を。
誰もを大切に思う穏やかな将でありながら、内に秘めた激しい熱情は…私一人を焦がし尽くした。
こうすることで、私をお前に縛りつけたんだろう。


……これで私は生きながらにして、永遠にお前のものになってしまったんだ。

















**********


兄が憎むのは自分の恋人。

家康って愛する者ができるとすごく悩んでしまうと思った。
自分はこの国の行く末を考えなければならない。だから愛する人を作ってはいけない。的なジレンマ。

でも満身創痍で、もう自分は死ぬのだとわかった時、ようやく一人の男になれたのです。
いまわの際の一瞬だけ、国も友情も何も考えずに自分勝手に愛する人を心の底から全力で愛することができたのです。
きっと幸せそうに微笑んで逝ってくれたことと思います。

「本当に、こんなに嬉しいことはない…」
これが彼の本音。
悲恋の中の小さな幸せも好きです。



執筆日 10.1〜10.2

12.11.13
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ