短編

□過去拍手集2
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座敷牢の格子はひんやりと冷たかった。
ちなみに、中にいるのは私じゃない。
ただ中の様子を見に来ただけ。


「…ずっと正座してて疲れない?足崩せばいいのに」

「特段気にしたことはねえな」

「ふうん……あ、ねえ片倉小十郎」

「何だ」


愛想なんてもとより、こっちすら見やしない。
瞑想するみたいに、身動きひとつしないんだから。


「私のものになってみる?」

「お断りだな」


…捕虜のくせにほんと生意気。
でも竜の右目って存在がなんだかおもしろくて、私は何かと理由をつけてはこの格子越しの座敷牢に入り浸っている。
あまり通い詰めると半兵衛様に小言を言われるからほどほどに。

不思議と彼が捕虜であるという感覚はなかった。
それは姿勢を正したまま凛としている彼の風貌からなのか、それとも私に対する態度からなのか。
私が話しかけると普通に返事をする。
会話も成り立つ。
たまにこの格子が邪魔だと思えてくるくらい。



「…血の匂いがするな」


ある日、彼はそう言って初めてこっちを見た。
…ああそんな目をしていたの。
射抜かれそうだわ。
その鋭さに。


「鼻が利くのね。戦なんだから傷の一つや二つ珍しいことじゃないわよ」

「…お前、戦えるのか」

「…失礼ね。私、れっきとした豊臣軍の武将なんだけど」

「そいつは……」


どうやら本気で驚いたらしい。
意外と感受性豊かなんだ。
…そして意外と失礼。


「腕に自信がないわけじゃないわよ。向いてないとは思ってるけど」

「…どういう意味だ」

「私、どっちかというと頭脳派なのよ。客観的に物事を見るのは得意。それがたとえ、自軍の暗雲でもね」

「…この城が堕ちるとでも言うつもりか?」

「それはどうかしら」


食えねえ奴だ、と彼は苦笑した。
…なんだ、笑うんじゃない。

でも、私が言ったさっきの暗雲は本当のこと。
いつか豊臣を倒す者が現れる。
それは漠然とした勘のようで、どこか確信めいた予感だった。
半兵衛様には恩があるし、豊臣軍を裏切る気もない。
ただ私の客観的思考は、起こるであろう事実を淡々と告げていくのだ。


「それでもお前はここを離れねぇのか」

「まぁね。他に行く所も頼る人もいないものだから。…あ、同情はご無用。野垂れ死んだとして、所詮私の人生はそこまでだったってことよ」

「………」


彼は何か言いたげだったけれど、結局それきり。
そのうちにこうやって話す機会も失われた。
…理由は簡単。
私の予感が当たってしまったからだ。



「……!何してる」

「随分な言い草ね…」


もはや満身創痍。
この城だっていつ崩れ落ちるか…


「助けが来る前に城と心中なんて嫌でしょ。早く出てよ。…ああ、勘違いはやめてね」


座敷牢の鍵を開ける私は立っているのも精一杯。
格子に手をついて、こっそり息を吐き出した。
一方困惑の色を隠せない彼は、私の前に立ちはだかってそれ以上動く様子もない。
…並んで立つのは初めてね。
結構背があるじゃない。


「…どういうつもりだ」


ほんと、どういうつもりなのかしら。


「あんたがここにいて楽しかったのよ、私。そのお礼ってことで手を打って頂戴」

「……お前は」

「そうね…世話になったこの城の最期でも見届けようかしら」


なんて、とおどけてみせた。
…そう、最期まで笑っていなくちゃね。
これであんたがここから去ってくれたなら、私は所詮どころか十二分に満ち足りた生涯になるわけだから。
ああ終わり良ければなんてよく言ったものだわ。
あんたのおかげかしら、片倉小十郎。



「っ…え……?」

「脱出するなら一人も二人も変わらねえ。歩けなくても掴まっておくことくらいはできるだろう」

「……!」


もう動けないの、気づいてたのね。
平然としちゃって…私結構重いのに。


「…どういうつもり?」

「ああ、勘違いはしてくれるなよ」


私と同じような台詞を吐いて、彼は笑った。


「散々この中で大人しくしていたんだ、今度は…お前を閉じ込めても罰は当たらねえよ」

「…………そう、かもね」


…とっくに閉じ込められてるわ。
あんたのせいよ、片倉小十郎。
その鋭い瞳も低い声も、あんたの全てが私を捕らえる見えない格子だったのね。


「お前一人をこの俺が逃がすと思うか?」


……思わないわ。
ならずっと、その優しい手を離しちゃ駄目よ。
じゃなきゃいつだって、その目盗んで逃げてやるんだから。

…ね、絶対だから。

あんたのものになってあげる。

















**********


捕虜と敵の女。

彼女は捕虜らしからぬ小十郎の態度が興味深くてついつい座敷牢に足を運んでしまう。
それがいつしか楽しみになってた。
でも実は小十郎も同じで。
大人な二人は互いにそれを口にすることはなかったけれど、政宗様か誰かが城を攻めてくれたおかげで実ってしまった。
そんな話。

敵同士好きです。



執筆日 12.9.10

12.10.7
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