おお振り短編
□春の陽にとける
1ページ/2ページ
「ね、スーパーまで買い物付き合って?」
同棲しているアパートの部屋で、机に向かって難しい顔をしている朋也。ちらっと覗いたら、民族考古学のレポートをやっていたらしく***にはさっぱりわからなかった。
「あ?あぁ、いいよ」
手を止めシャープペンを置いて、伸びをした。
「今日の晩飯は何にすんの?」
「さっき菜の花もらったから、それでパスタにしようか」
「へー。菜の花のパスタねぇ。うまそう」
玄関先にかけてある薄手のコートを羽織って外に出ると、夕方の風はまだほんのすこし冷たく皮膚を刺した。
野菜と魚と、牛乳にビールに特売だった洗剤とお菓子を買った。スーパーでは1週間分を一気に買う。朋也が野球部の寮にいて、いない日という日が多いから。
「そっちの重い方持つから。貸して」
「あ、ありがとう」
もちろん***は荷物持ちをしてもらうために朋也と買い物に来ている訳ではない。広いスーパーに1人で買い物をして、1人分の食事を作り、1人で食べるのが空しく苦しいからだ。空いている左手を朋也の右手にそっとくっつけ、手をつなぐ。
「朋也の手あったかい」
公園の方から遊んでいる子供たちの声が聞こえた。
***と朋也が付き合いはじめて、かれこれ1年半になる。
同じ文学部で、ゼミも同じ。出会ってすぐに、朋也は***に気さくに話しかけた。一緒に遊びに行ったり、ご飯食べたり、話をしたり。普通のことを積み重ねて、いつしかお互い隣にいてくれるのが当たり前の存在になっていた。
「ねぇ」
だんだんと遅くなり、ぴたり、足が止まった。
「何?」
本当はさみしいんだ。という言葉が喉元で引っかかって出せなくなってしまった。
「やっぱりなんでもない」
「なんだよそれ」
「言うこと忘れちゃった」
白々しく嘘をついて、笑った。寂しい、別れた方が楽なんじゃないか、その気持ちをなかったことにして、***は朋也に微笑みかけた。
「…帰ろうか」
「うん、帰ろう」
ゆっくりとまた歩き出す。
隣にいる幸せを知ってしまった。離れていることが多くても幸せなのだ。(私たちはこれでいいの)
「明日、休みだよね?天気良かったら上野いこうよ。上野動物園。お弁当持ってさ」
「急だなー」
そう言って朋也は笑った。いいよ、久しぶりに行くか、とまっすぐ前を見た。
「デート、久しぶりだね」
「久しぶり、だなぁ…。悪ィ」
「明日ちゃんと穴埋めしてね?」
明日、暖かい春の日差しで寂しい気持ちも、苦しい気持ちも溶けていってくれるだろう。冷たい冬は今日でもう終わりなのだ。
「まかしとけ!」
→
あとがき