おお振り短編

□名前
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「阿部くん。あ、の…、」

「なに?」

「阿部くんが、好き」


放課後、誰もいない教室。めずらしく課題を出し忘れて居残っていた阿部くん。ずっと言いたかった。どうしても好きと伝えたくて、2人きりの今、思い切って告白した。

阿部くんがどんな顔してるのか怖くて見れないけれど、どうなんだろうか。うれしい顔してる?驚いた顔してる?それとも困ってる?

「あー、えっと…」

歯切れ悪い。これは、彼女居るんだ、とか…?

「わりぃ、誰…?」

「……。え…?」


(覚えてもらって、ない…)

「あー自己紹介すればいい?」

「まぁ…」

「******。窓際の後ろから2番めの席に座ってます。で、半帰宅部な美術部です。美術室からグラウンド結構見えて、阿部くん見てた。でー、えっと…」


自己紹介なんて、今さら何を言えばいいのか***にはわからなかった。さすがに自分のことをクラスメイトとして認知してくれているものだと思っていた。

ガタッと音を発てて課題を手に椅子から立ち上がる阿部。下を向いたまま***に話しかけた。

「わかった。とりあえず部活終わるまで待っててくんね?なんか用事ある?」

「ない、です…」

本当は今日の***家の夕食作り当番は***だったのだが、それどころではなくなってしまった。
(あとで電話しとこう)

「7時頃終わるから。…、校門とこいて」

「わ、かった…」

下を向いて話す2人の顔は冷静さとは正反対に赤い。

(窓際の席の***、思い出した。色白で結構かわいいやつ)

「じゃ、あとで」

「うん…」


阿部くんにとって私は、いきなり告白してきた知らない女。

(気を使ってるか、面白がって遊んでるかのどっちかだ)



今まで気に止めなかった2階の美術室は、たまに目線をやると***が見えた。鉛筆を持ったまま、何かを考えているような仕草で自分を見ているような、そんな気がする。



(6時45分…)
まだ早いかなと思いつつも帰り仕度をして美術室を出た。トイレの鏡で髪を直して、リップクリームを塗った。

そこから校門に出て阿部を待つ時間は長いような短いような、不思議な感覚。楽しみで、すごく怖い。返事はきっとNOだ。

壁に持たれながら阿部が来るのを待った。



(終わった…)
練習が終わったあと阿部はいつも以上に静かだった。そして静かな分素早く帰り支度をして「じゃ、先帰るわお疲れ」と誰よりも早く部室を後にした。



星がきれい。
自転車引きながら走ってくる足音が聞こえる。あ、縺れた。
阿部くんの足音、かな?

「わり、待った?」

軽く息を弾ませた阿部がぼんやりしていた***の前に現れた。

「あ、ううん。大丈夫」

「とりあえず、誰とか言って、悪、かった」

悪かった。滅多に言わない言葉は、喉の奥につかえて口から少し漏れるだけ。***もさっき随分と嫌な事を言われたはずなのに嬉しいような気になってしまう。

「そんな、いいよ。いや良くはないけど、気にしてないから」

「なぁ、ちょっとその辺歩かね?」

阿部の自転車を挟んで横に並び、家とは逆方向に歩きだした。

「あの後すぐ、***のこと思い出した」

「こないだ化学の実験の時一緒だったよな。でノートは絵ばっかなのな」

「うん。化学とか物理とか苦手なの」

(なんだ…。見てたんだ)

「で、色白で可愛いって、思った」

「………」

***は下を向いた。嬉しくて熱くなる頬を見られるのが恥ずかしい。

「あー、のさ…」

「うん?」

「付き、合おーぜ」

「えぇ!?」

目を見開いて阿部を見ると何もなかったような表情で赤い顔をしていた。

「えぇ?って付き合いたくて告ったんじゃねーの?」

「そう、だけどさ…」

「オレ、***、結構好み…」

「忘れてたくせに」は言わない事にした。この事は何年も付き合ってから笑い話にすればいい。それに阿部くん自身、わかってるはずだ。

「よろしくお願い、します…」

「おぉ、」

お互い顔を見合わせてただ笑った。これからの幸せな日々が楽しみで、笑った。

「ねぇ。名前、呼んで?」

「あ?***」

「苗字じゃなくて。」

「……、***」

「ん。隆也…」




おまけとあとがき

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