おお振り短編

□ねこときつね
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昼休み頃から雨が降っていた。鬱陶しいけど今日は部活がミーティングのみになって***サンとこ行くつもり。たまには雨も悪くはないななんて思った。


『今日、泊りに行っていい?』

とメールをしたら『いいよ。傘持ってなかったら迎え行こうか?』とすぐ返って来た。

もちろんそこは甘える。傘ないし学校から***サン家遠いし。


***サンは5つ上の野球部マネのOG(だから利央の兄貴が1年のときの3年の先輩)。大学行かないで就職して、バリバリ働いてるオレの彼女。

オレが1年で入部したての頃。監督と、知ってる後輩が居なくなった野球部に顔出しに来てた。オトナのオンナって感じで、きれいで、ジーッと見てたオレにニコッて笑ってくれた。こんにちはって言われて返した挨拶の声が裏返ったことも、見とれててボーッとしてて慎吾サンに叩かれたことも(痛くなかった)、あの日のことは今でも鮮明に覚えてる。


ヴーヴー

ケータイのバイブがなって電話に出れば、

「準太ぁー。学校ついたよー」

なんてちょっと気の抜けた声でオレを呼ぶ。

「今から外でます」

外は太陽が出てるのに雨で、***サンの車まで小走りで行った。タバコの匂いのかすかに残る車。

「お疲れ。ハイこのタオル使って」

「あ、ありがと。***サンこそお疲れ」

「ホント疲れたよー。明日休みだと思うと幸せだわー」

***サンは結構「疲れたーっ!!」って言うけど、楽しそうだったり、笑ってたりする。少なくともオレに言うときはそう。

「ん?どしたの?」

「いや、***サンいっつも疲れたって言いながら楽しそうだから何でかなーって」

「そりゃー準太が隣に居れば疲れてても最高に幸せだからね」

歯の浮く言葉を照れた顔もせず言ってまた笑う。何も言わずその唇に触れるだけのキスをした。

「……」

驚いた顔の***サンの目を見つめる。人はいないとはいえ学校の敷地内であることは、完全に頭から飛んでいた。

「そんな上目遣いで見ないでよかわいい」

「かわいいって言われて喜ぶ男はいないと思うんスけど…」

恋愛の経験値が高くて、オレが嬉しく、恥ずかしくなることをさらりと言ってしまう。そんな***サンへの嫉妬にも憧れにも似た気持ちをきっと***サンは見抜いている。

「準太のかわいいけどツンツンしたとこ好き。なんか、猫みたい」

気まぐれな猫は***サンの方だ。突然「ご飯食べに行こ」なんて学校に来たり、反対する教師を上手く言いくるめて就職したり(と、***サンの担任だったオレの担任が言ってた。それなりの大学ならすんなり入れるくらい頭がよかったとも言ってた)。

猫よりは狸か狐だろうか。騙すとは言わないけども、かわいい顔して実は人を上手く操縦する。


いろいろ考えてるうちに***サンは車を動かしはじめた。

「何考えてんの?」

「天気雨って面白いなと思って」

シートベルトを付けながらテキトーな事を言った。

「昔キツネの嫁入りって聞いたなー」

「なにそれ」

「天気雨の時はキツネがお嫁にいくんだよーって話。知らない?」

「知らない」

狐の***サンは、いつかオレのところに嫁入りしてくれるのだろうか。とか、考えたら恥ずかしくなって下を向いた。1年付き合ったけど、そんなことはじめて考えた。

「うーん、なんか昔話とかだっけか。ちゃんと覚えてないなぁ…。あ、夜何食べたい?」

「***サン。***サンはオレとの結婚とか、考えて、る…?」

「えっと…、それプロポーズ?」

「違っ!!」

「でも結婚したいよ。準太が大学卒業してから」

***サン、考えてくれてるんだ。顔がにやけそうなくらい嬉しい。

「ゴメン、1本いい?」

「え?あ、うん…」

いつもはオレの前では吸わないタバコを取り出して火をつけた。高校球児の前で吸えないよと言ってたのになぁ、なんて思って右を見た。

「ふー…。ゴメンね隣で」

紫煙越しに見える***サンの顔は嬉しそうに恥ずかしそうに少し赤らんでいた。

操縦士なキツネが動揺している。かわいい。と思ったけれど言わない。

「いいよ別に。***サンの全部が好きだから」

もっと喜んでほしいっていうか、赤くなってほしいっていうか。かわいいとこ見たくてクサい事を言ってみた。すると***サンは、

「知ってる」

と言って笑うだけだった。

「あたしも、準太の全部が好きだよ。一緒」

照れて動揺した表情より、その言葉と笑顔のほうが、ずっとずっとほっとした。やっぱりオレは笑顔の***サンの隣に寄り添ってるのが一番落ち着く気まぐれな飼い猫みたいだ。






あとがき

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