黒バス 幼馴染

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今でも鮮明に覚えている、昔のこと。
あたしには婚約者がいた。


あたしは優しくて美人な彼が大好きで、彼も優しくてかっこいいあたしが大好きだと言った。
あたし達は真逆の存在だったけど、だからこそうまくいっていた。

幼稚園に入るより前から一緒にいた。
いじめられている涼太を助けたのも、泣いている涼太を慰めたのも、あたしだった。あたしが悲しい顔をした時は、涼太はすぐに気付いてどうしたの?とせつない顔であたしの手をにぎるのだ。
涼太がお母さんの次に好きだったのはあたしだった。あたしも涼太のお嫁さんになるのが夢だった。

「涼ちゃん好き!」

「ひよちゃん大好き」

「おっきくなったら結婚しようね!」

「うん!やくそく!」

きらきら光るおもちゃの指輪とシロツメクサで作った冠。涼太があたしの手の甲にキスをして、婚約をした。


覚えているのは、あたしだけかもしれない。


図書室に貼ってあった「今月のオススメ」の1冊は一気に最後まで読んだがなんだかさっぱりわからなかった。猫の写真集の方にすればよかったと思いながら本を返した。

「あ、あの…。これ、オレのオススメで…。どうでした?」

「え?」

「あ、いや。城崎さ、ん、よく図書室でいろんな本読んでるからどんなのが好きなのか気になって…」

知らない図書委員?の男子生徒…。この人はあたしを好き、なのかな。もしかしたら人と話すのが苦手なだけ、かも。顔を赤く染めてあたしの好きな本を尋ねるなんて。

「あー。結構面白かったです」

「あ、はい…」

慣れてないなぁ。会話がそこから広がらないなんて。もっと深くまで作品を掘り下げたり、好きな言葉やフレーズ、台詞について話したり、同じ作者の本や他のオススメ本を紹介したり、色々あるじゃん?

「私、今日はもう帰りますね。さよなら」

「さ、さよなら…」

つまらかい。帰ろう。
多分今日ケンカになった女がやったのかな、靴箱をあけたらドロドロになったローファー。外の水道で洗ってびちゃびちゃのまま履いた。

「暇だなぁ…」

申し分程度だけども靴箱にかけていた鍵を壊してまでこんなことするなんてさ。うわ、冷たい…。どいつもこいつもあたしを含めつまらない人間ばっかり。

「すご…」

校門の当たりに女子の人だかりが出来てる。飛び交う黄色い声。あー、涼太は街中にいればいっつもあんな感じなのかなぁ。……って、あたしはまた涼太涼太って。

「ばからし…」

素通り、素通り…。関わらずにさっさと帰ろう。

「キャー、こんなことでキセリョと会えるなんて!」

「やーんやっぱかっこいー」

「あ、サイン!これにサインちょーだい!」

「あー、いいっスよ。……はいっ!」

「キャー!」

なんでこんなことに涼太がいんの…。

「あ、ひより!」

あたしは無視して通り過ぎようとしたけど捕まってしまった。捕まったらまたややこしくなるのに…。

「 涼太」

「あーよかった!ひよりまだ帰ってなくて!」

「涼太、今日部活は?」

「今日はオフっス。学校終わったあとすぐ撮影だったんで、終わってまっすぐここに来たんスよ」

涼太が立ち上がってあたしのほうに歩いて来たら、回りにいっぱいいた女子がスッと左右に散った。

「あ、そーなんだ。…帰る?」

「そっスね。てかどーしたんスかその靴」

「え?あぁ。気にしないで。ひがまれてやられた奴だから。あ、帰りドンキ寄って行って良い?」

「あー、いっスよ」

黄瀬涼太があたしの帰りを待っていた。こんなん見られたら良いや、もう見せ付けてやれ。明日からまた靴とかぐちゃぐちゃにされるのはあたしがどんな行動をしたって変えることは不可能。

「じゃーみんな、バイバイっス!また会いましょーね!」

もちろん回りの女子は呆然。ちょっとざまあみろって思ってしまった。
未だに右手を振ってる涼太。スッと隣の左手に右手をトントンと押し付けたら涼太はそれに答えてくれた。

「帰ろう?」

「うん」

もういいや。半分は自棄。一時でもこのまま幸せに浸ってしまえ。






 

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