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□気まぐれ神様
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 フィールド上であっても、美の神は気を抜かないものだ。ボールを蹴る仕草、ヘブンズタイムをする前の腕の角度にゴットノウズで飛び立つ瞬間の顔の向き。全身に神経を行きわたらせる。もちろん、練習にも手を抜くことはない。

「これから十分間休憩するからな!」
 ホイッスルの音がフィールドに響き渡る。
 キャプテンは僕なのに、ヘラが全員に聞こえるよう、大声で指示を出した。毎回のことだから、チームメイトはちゃんと従う。ヘラは一年先輩で、頼れることには違いないから、僕もそのリーダーシップに甘えておくことにしている。
 ボールを止めて、髪を後ろにはらう。西日を浴びて、燦然と輝く金の髪が視界の端を泳ぐ。僕はれっきとした男なのだが、この髪のおかげでよく女の子に間違われる。腰まで伸ばしている男なんてなかなか居ないから仕方ないよね。だから嫌な気分はしていない。伸ばす理由は特に無いが、伸ばしているからには結構気を使っている。シャンプー、コンディショナーを自分の髪質に合わせるのは当然のこと。枝毛防止に毎日毛先を五ミリほど切っている。傷みやすいからドライヤーで温風は使わないし、ヘアマニキュアを塗ってキューティクルを維持。そう言えばこの前、一度冗談でショートヘアーにしてみようかなと口にしたら、クラスの子に「想像出来ないね」と苦笑されたことを思い出した。


 雷門との試合からずいぶん経った。僕たちが負けた記念すべき「あの日」。チーム、そして個人としても成長出来た「あの日」。だが相当負けず嫌いなヘラは、表には出さないが、水面下で雷門イレブンをライバル視し始めた。円堂君たちには罪はないけど、そのせいで練習メニューがより厳しくなった。まったく、汗腺コントロールをする余裕も無いくらい。首筋を流れるほど汗をかいたのは久しぶりだな。だけどこれほどサッカーに夢中になれている日が来たのが嬉しい。僕だって、負けっぱなしじゃいられないしね。浮き足立った気分でタオルを取りに、ベンチに向かった。

「あれ、無い」
 すぐ使えるように、鞄から出してドリンクの隣に置いていたはずのタオルが無い。ベンチの辺りを見渡していると、目の前に白いプリーツスカートが現れ、まぶしい光を反射させた。
「あの、亜風炉君……これどうぞ」
 観客席で見学をしていた女の子グループの一人、だと思う。僕より少し身長の低い子で、上目遣いでタオルを差し出していた。
「ありがとう。優しいね、君」
 簡単にお礼を言って、タオルを受け取る。やっぱり女の子はいいな。顔を赤らめているところが可愛くて、口角が自然と上がる。緊張しているのかな?そんなに緊張しなくても大丈夫なのに。僕は全ての女性には優しくすると決めている。

「おい、アフロディ」
「何ですか?ヘラ先輩」
 背後からの呼び掛けにわざとらしく丁寧に答える。そのわざとらしさが気に障ったらしい。両手で髪をかき混ぜるように、力任せに乱された。
「ちょっと、何するんですか」
 反抗的な視線を送ると、今度は手の平で額を押さえつけられた。
「いつまでデレデレしてやがる。休憩はもう終わりだ」
 頭上から聞こえるヘラの苛立った声に苦笑する。僕が女の子と一緒に居るのが面白くないんだろうな。
「分かったよ。すぐ行く」
 腕を押し返しながら返事をする。舌打ちをしたヘラは、先にフィールドに戻っていく。
「じゃ、またね」
「あ、うん」
 女の子に軽く手を振って別れを告げて、ヘラの後を追い掛ける。

「ねえヘラ、らしくないよ」
「らしくないって何だよ」
「……」
「何だよ!」
「ふふ、秘密」

 教えてあげてもいいけど、簡単に教えちゃ面白くない。
 僕は、男には優しくしない主義なんだ。

20120318



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