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□跳ね馬と人喰い鮫
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「よぉ、久しいな」

「跳ね馬かぁ?」

とぼとぼと歩いていた真っ暗な道が、闇に同化した真っ黒な車の明るいライトの光に照らされる。
その後部座席に座っていたのはキャバッローネ10代目の跳ね馬、蜂蜜色の髪をしたディーノであった。開いた窓から乗り出してにっこりと笑いかけてくる。
運転しているのは暗くて見えづらいが、あいつの腹心の部下のロマーリオだろう。遅れるぜ、ボス。と低い声が聞こえた。

「そんな所で一人で歩いてどうしたんだ?車は?」

乗るか?とわざわざ勝手にディーノ自身が重たいドアを開け、招かれる。スクアーロは特に断る理由は無かったので誘われたままにどかどかと車内へ乗り込んだ。失礼するぜぇ、とは一応言っといたのだから別に悪いことではないだろう。

「車かぁ?それならさっき帰した」

「帰した?」

驚くディーノをよそに、足を組んでスクアーロは髪の毛を一束掴んで押し広げるように何度も何度も確認した。

「あ"あ、すげぇ興奮しちまってよぉ、最悪なことにべったり浴びてきたぜぇ」

髪の先端部は赤く、と言うよりかはどす黒く染まり、水気も無く固まっていた。革の手袋で数度擦れば、固まっていたものがこぼれ落ちた。
ディーノもスクアーロの意味深な言葉を理解したらしく、そうか、と返事を返してペットボトルの水をハンカチにひっくり返し、スクアーロへおしやった。

「これで拭いとけよ。全部他人のだから気持ち悪いだろ?それとも、」

「ねぇよ、俺がそんなへまするか」

「そうだよなぁ、」

スクアーロはディーノから水の滴るハンカチを引ったくって、顔に付いたものを皮膚もろとも削ぎ落とす勢いの強さで拭った。

「ところでお前、最近どうだ?またザンザスに弄られて怪我とかしてねぇだろな?」

「大丈夫だぁ、最近めっきり丸くなっちまってよぉ、おかげでボコボコにはされねぇよ」

流れる窓の外を眺めるスクアーロは、きしし、と歯を見せて笑った。
楽しそうに笑うスクアーロに嘘は無いだろう、ディーノは胸を撫で下ろした。

「まったく……ツナはすげぇよな、ザンザスさえ丸くしちまうんだし」

「ツナヨシには感謝してるぜぇ。だってあのボスさんがツナヨシの“こらっ!”の一言で黙るんだぜ」

「あはは、ちょっと前ならそんな光景見られなかったな」

ディーノは頬杖をつき、横目でスクアーロを見やった。街の下品なネオンの輝きでさえ、スクアーロの横顔を汚すことは出来ず、凜とした雰囲気を醸し出させていた。
髪をおもむろに掻き上げるスクアーロの所作は美しく、見入ってしまう。

「あ、スクアーロ、」

「何だぁ?」

ディーノはスクアーロの掻き上げた髪の下から露になった首筋から見えた印を見逃すことなく指摘した。

「それってキスマークか?」

「ん"?あ"、まだ残ってたのかぁ?」

スクアーロはたいして気にも止めず、それどころかそれがある、と分かった瞬間、幸せそうに口元を綻ばせた。

「どこの女だ?それか、ザンザスだなんて言わねぇよな」

「安心しろぉ、女でもザンザスでもねぇ」

「……じゃあ誰が、」

ディーノは考え込むが、一向に思い当たらない。
大体スクアーロに恋人が居たのかさえ知らない自分に、相手の姿なんて想像出来るはずがない。半ば諦めて、スクアーロを見れば、ゆっくりと足を組み直しているところだった。

「お前も知ってるだろ?ベルだよ、ベルフェゴール」

「ベルフェゴール?あのナイフ使いのか?」

確か、ベルフェゴールとはまだ10代のスクアーロの後輩だ。スクアーロは自分の下につくやつは嫌いじゃなかったか?
ディーノは思うが口にはしなかった。

「そうだぜぇ、ベルったらよぉ、あんな細っこい腕してるのに押さえる力は半端なくて更には年下のくせにアレがでけぇし、もう堪んねぇよ」

スクアーロが饒舌に惚気始めたからだ。
幸せそう、ではなく幸せ、なのだろう。証拠にベルフェゴールに愛された印を大事にしている。

「ふーん、スクアーロはそんなにベルフェゴールを愛しちゃってるんだ」

つまらないな、頬杖をついていた手を唇へ持っていき、そっと指先で薄くなぞる。
まばゆい光が幾度もとめどなく流れ、思考を鈍らせる。そうか、ベルフェゴールはあいつの唇の柔らかさを知っているのか。
恨めしい、と言うよりは羨ましいのかも知れない。
ディーノは内から沸き上がる言い知れぬ感情を押さえ込むため、着ていたシャツを強く握り締めた。

「なぁ、スクアーロさ、」

「あ"あ?んだよ」

惚気を止められたスクアーロは、凄く不満そうだったが関係ない。ディーノは続けた。

「もしも、俺がスクアーロのことが大好きで、だけどベルフェゴールと付き合っているのを知って、逆上して両方に酷いことしたら、スクアーロはどうする?」

「はぁ?」

よく分からない、とスクアーロは顔を歪ます。
馬鹿じゃないのか、こいつ。ああそうか、元からか。だがいつになく真剣な眼差しのディーノに、スクアーロはこちらも真面目に答えてやろうかと見つめ返すがあれこれ難しく考えるのは端から苦手だ。すぐに良い事なんて言えやしない。

「跳ね馬ぁ、」

「ん?」

「てめえの言いたいことはよく分かんねぇが……、一つだけ俺から言っておきたいことがある」

「言っておきたいこと?」

少し垂れた鳶色の瞳を見開いて、ディーノは首を傾げた。スクアーロはディーノのその瞳を一瞥し、口角を引き上げた。

「もしもだとしても、てめえが俺とベルに要らねぇことしたらてめえも俺が喰ってやる」

喰ってやる、の所で身を乗り出してぎり、と首を掴まれ、頭上から銀の髪が降りそそぐ。
そして、ディーノは悟った。適わない、二人の邪魔をしようだなんてしてはならない、と。

「ははっ……怖いなぁ……」

諦めに似た脱力感が襲う。言った後にはスクアーロは満足したのか元の位置に戻って、瞳を閉じて眠る体制に入っていた。

あーあ、どうしてくれるの、この気持ち。

静まり返った車内に、ため息が一つ。
前髪を掻き上げディーノは、目的地までの無事を祈りつつスクアーロが眠ったら何か掛けてやろうかと思い、癖の無い銀色をするりと撫でた。



跳ね馬と人喰い鮫


2009.07.05



5月くらいに書いてたやつです。最初はスクアーロ視点のつもりでした。
なんか変すぎてすでに恥ずかしいんですが。


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