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□「お願い、泣かないで」
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「俺、女に生まれてきたらよかった」

そう一言、震える声でスクアーロは言った。
言った後は唇を悔しそうに噛んで俯いたまま、ぼやける視界にまばたきひとつしなくなった。膝の上で固く握られている拳にはぽたぽた透明な液体が落ちてきて皮の手袋に染みさえつくれずそのまま伝ってソファへと流れた。

「どうしていきなり。スクアーロは男に生まれたくなかったのかい?」

冷えた紅茶を小さな口で啜ってからマーモンは問うた。女に生まれてたって面倒なだけだ。月に一度の、ほら、あるだろう?それだけでも面倒だというのにいらない友情に振り回されたり男をめぐって相手への精神的嫌がらせに陰口。(たまに男でも居るんだよ、こういうの)ぐっちゃぐっちゃのどろどろでずる賢い。なのに平気で仲良しぶって話し掛けてくるんだ。私は貴方の味方よ、とか言っちゃうんだよ。しかもトイレすら誰かを誘わないと行けない、なんて馬鹿っぽいじゃないか。
ま、女が全部そうだってこはないけど。

「でも、僕はスクアーロが女だろうがスクアーロなら好きだよ。だけどどうして?」

首を傾げてもう一度マーモンは問う。スクアーロは今のままでも十分に魅力的な男だ。どこに不満があるというのだ。剣の腕は立つしすらりとした無駄な脂肪のない四肢になにより主への忠誠にも似た誓いで伸ばした銀の髪。端正な顔立ちによく似合う。一度口を開けば騒がしいがそこは愛嬌だということだ。

「ベ、ルが、」

「ベルが、どうかしたの?」

やっと言葉を発したスクアーロの顔は濡れて赤くなっていて痛々しい。
ぐすり、鼻を啜る音もどこか弱々しくて。

「擦っちゃ駄目だよ、目、赤くなっちゃうよ」

スクアーロはマーモンの差し出したハンカチを受け取ろうとはせず、拳はなかなか開かない。頑なに閉じた指を一本一本曲げて握りこましてやれば更に悲しみが増したのか拳の力が強くなり、皮の窮屈な音がなった。

「ベルが、ベルが俺のこと好きだって、愛してるって言ったのに、言ったのに、今日、女と会って、たぁ、」

しかもかなり親しげで、女は化粧の濃い見るからに水商売系で、調子の良いことにベルフェゴールは女の、だらしなくはだけた胸を突いたりしながら腕を組んで人込みに紛れて消えたらしい。

「そりゃあなぁ、俺には、柔らけぇ乳も太ももも二の腕もちゃんとベルを受け入れられる穴も、なにもかもなくて、ガキも産めねぇしよぉ、声もがらがらで大きくてがさつでどっから見ても男でっ、だけどだけどなぁ、ベルが、そんな俺が好きだって言ってくれたから、すごく嬉しかったのに、」

嬉しかったのに。嬉しかったのに。今は全くベルのことを信じられない。あの優しい言葉は全部嘘だったのか?大切にしたいと抱き締めてくれたのは演技だったのか?
もしかしたら男である自分に飽きたかもしれない。もしかしたら母親のような、女の柔らかさが欲しかっただけなのかもしれない。ただそれだけのこと。だけどそれが一番辛い。
捨てないでくれ、思う心が酷く痛い。

「だから、女に生まれてたらって、女ならベルとずっとずっと居れるのに、ベルぅ、ベ、ル、う"っ」

「そんなに泣かないでよ、こっちまで泣きたく、なる、」

しゃくり上げるスクアーロの頭を抱き、マーモンは撫でる。そして、同時に自分の小さな身体がとてつもなく恨めしくなる。何故、どうして、身体全体でスクアーロに暖かさを与えられないんだろう。スクアーロはきっと今すごく冷たい。誰かが、いや他の誰よりもベルフェゴールが暖めてやらねばスクアーロは心を閉ざしてしまう。

「君は悪くない、君はベルのことが好きで、信じてた。だけどベルが君を裏切るようなことしたんだ。浮気じゃなくても、ね。例えば任務で付き合いがあったとしても君に言えばよかったんだ。プライベートなら尚更だ。だから、君が泣く必要なんて、これっぽっちもないんだよ」

もう、君一人が傷つくことないんだ。
ベルが悪い。スクアーロを、スクアーロの心を奪うだけ奪って滅茶苦茶に引き裂いたベルが悪い。
でもスクアーロはベルが好き、なんでしょ?女と会うのをやめて欲しいんでしょ?だったら直接ベルに言ってやろうよ。俺が一番なら俺の傍に居ろ、って。それで冗談でもベルがスクアーロのこと一番じゃないなんてほざいたら僕が、この際ルッスーリアでもレヴィでもいい、ベルをきつく叱ってやる。それでも聞かないっていうならボスだって味方につけちゃうよ。
だからお願い、傷つかないで。一人で泣かないで。
僕は君が泣き止むまでずっと傍に居るから。




「お願い、泣かないで」

(僕は太陽みたいに笑う君が好きなんだ)


2009.06.14


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